2020年01月31日

●第107回

ので、正に結果の評価そのものなのだが、評価解釈型動詞なので不完了体が来ていると考えられる。2-2-4項参照。

3-1-12 結果存続無効

結果存続無効аннулированность результатаという用法は、動作が現在とは関わりがないことを示し、2-2-3項のбылоはいったん開始された動作の中断、中止)だが、それとは違って、動作は行われるのだが、その結果が存続しないという用法で、完了体動詞過去形の結果の存続の用法と対立するものである。
完了体過去形が結果の存続の意味になりやすい動詞の不完了体は、2-1-3-1項の動詞群も反復や過程の用法でないことが明確な場合、その対比として結果存続無効の意味を表す事が多い。不完了体動詞過去形は仮定法を除けば過去の時制でしか用いられないという特性を持つが、動作事実の有無の確認の用法、対義語がある体のペアの不完了体過去形、歴史的現在、過去完了(過去の過去を示す)、過去進行形、3-1-7項の経験の用法のように現在の時制の文脈で回顧的にも用いられるなど使用される用法の種類が多いために、結果存続無効の意味で用いられるかどうかは文脈次第である。また不完了体を用いる場合、この用法は経験の用法と重なり、回数や具体的にいつということを表現できないという憾みがある。
結果存続無効を表現するためには発話の時点(それが現在なら現在)と動作が関わりなかったという事を言えばよい。つまり発話(現在)の時点と全く関わりのない過去の時制であることを明らかにすればよいことになる。結果の存続ではないことが明確な点過去(2-2-1-2項)、2-1-2-2項や2-2-3項も参照。結果存続の否定版(3-2-1-2項)、志向の動詞の不完了体過去形(動作の未達、7-1-1項参照)、7-2項に示すように、完了体過去形で期待外れを示すことができる。

(彼は田舎育ちだ)Он рос в деревне. <育ったのは田舎だが、大人になるまでいたかは分からないし、もう田舎にはいないというニュアンスである。ちなみに日本語の「育った」は点過去、結果の存続、過去完了を意味する>
(彼は田舎で大人になった)Он вырос в деревне. <вырасти = стать взрослымであり、点過去か結果の存続(まだ田舎にいる)かは文脈で判断せざるを得ず、結果の存続であれば、まだ田舎にいるとなり、日本語の「田舎育ちだ」というニュアンス(田舎にはもういない)と食い違ってくる。このロシア語文は動作が時間軸の一点であるような状況語か文脈がない限り、点過去ではなく、結果の存続と理解するのが普通であり、その曖昧さを避けるには結果存続無効の用法を用いるべきである>

(そういうつもりで言ったのでは全くないのです)Я совсем на это не имел в виду.
(何で来たんだ。呼んだとでもいうのか?呼んでないぞ)Ты чего пришла? Я тебя звал? Не звал.
(ところでこの件を彼女はリョーシュカに聞こうと思っていたが、すっかり忘れていた。ことのついでに思い出したというわけだ)А кстати... была же у неё мысль спросить у Лёшки, а она всё забывала. Вот и вспомнилось к слову.
(番組の司会はプローでした)Вёл передачу Про.
(僕の申請書はまだ見てもらえなかった)Моё заявление ещё не рассматривалось. <申請書は受け付けてもらえたが、諾否の検討がまだ始まっていないということ>
(それらの痕跡は残っていない)Следов их не сохранилось.
(下着は病院開設以来、つまり前世紀から洗っていない)Бельё не мыто с открытия больницы, т. е. с прошлого столетия. <1990年代末から>
(ダニーラが勝手な真似をしようと決めたのかと一瞬思ったぜ)Я было

Posted by SATOH at 2020年01月31日 20:42
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