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あきさんの『人形になったイポンカ』

−第4話−

大宴会 in 平家

 

   私が働き始めて間もない頃、吐く息もすっかり白くなった10月、K氏の発案によりある計画が進められていた。それは、『モスクワにいる日本人学生をありったけ集めて食事会を開こう!!』というものだった。

   目的はロシア語を学ぶ日本人学生たちの親睦と、人脈を広げ今後も皆で助け合ってモスクワで生き抜こう、ということである。もちろん開場はレストラン“平家”。さあ、そこで問題なのは会費である。みんな学生なので20ドルが上限であろう、ということで私はタチヤーナに交渉をする係となった。お金の話なので、この取引きに間違いは許されない。そして一番肝心なのは料理である。一人最低50ドルはかかるレストランなので20ドルだと何が出るかわかったもんじゃない。主催者側として、来賓たちをがっかりだけはさせたくない。どう話をすればいいか、頭の中はロシア語でいっぱいになった。


   レストランの入り口で悶々と考えながらつっ立っていると、上品な初老の紳士が私に近づいてきた。そしてロシア人とは思えないような流暢な日本語で、

 「こんにちは、アキさん。何か考え事ですかな?へぇっへっへっ。」
  「イスカンダルさんじゃないですか!こんにちは!実は…。」

この“イスカンダルさん”とはレストラン平家のスタッフ兼通訳で、本名をラヴィス=ミルガレーヴィチ=イスカンドロフというのだが、この名前を聞いた時、脳裏に某アニメのテーマソングが流れた。従って私は勝手に“イスカンダルさん☆”と呼んでいた。ムギモ(モスクワ国際関係大学)で日本語を学び、日本のロシア大使館で13年ほど働いていた超エリートのロシア人である。いつも「へぇっへっへっ」とか「ヒーッヒッヒッ」とか言って笑うのが特徴で、なんだか笑わそうとしてない面白さを持っている不思議なおじいちゃんで、私は彼を本当のおじいちゃんのように慕っていた。


 「私がタチヤーナさんに話してあげますよ。へっへっ。」
 「お願いします!!」

彼に頼んで色々と細かいことを通訳してもらった。「なるほど!こういう表現で言えばいいのか!!」と彼の通訳ぶりに感嘆した。値段について、貸し切れる場所について、料理について、酒はだせるかなど、かなり無理を承知で言ったが、

 「わかったわ、アキ、本当なら20ドルでここまでの料理は出せないけど、あなたの頼みなら特別に用意するわ。」

   そして、当日、ぞくぞくと集まっていった。あらゆる友人が友人を呼び、総勢5、60人もの日本人が集まった。こんなにたくさんの日本人学生がここモスクワで一堂に会するのを見るのは壮観であった。が、不思議なことに皆それぞれがどこかでつながっていた。それほどこの世界は狭いのだ。

 「アキはこの中で気に入った男の子はいないの?あたしは、ほら、あの背の高いひょろっとしたジーンズをはいた子。なかなかカッコイイじゃない!」
 「えーっ!あたしはあの髪を染めた子かな。日本では今流行りなんでしょ?」
さっそく品定めにはいるウェイトレスの女の子達。が、そんな談笑に付き合っている暇はなく、来てくれた友人達を出迎えなければならなかった。

   奥にある団体席のみを利用したパーティーなので、狭いこと狭いこと。日本人達はほぼ立食となってよう飲むわ食うわ騒ぐわ。
 「ポン酒ないの〜!?ポン酒!!」
 「ビールなくなったから持ってきてー!」
かつてこんなにも店が活気付いたことがあっただろうか。まるで居酒屋にでもいる感覚に陥った。
 「はーい!お待ちどうさまっっ!!ビールはどなた?」

   
普段私は料理を運んだりは全くやらないが、この時ばかりはウェイトレスらしいことをやらざるを得なかった。普通席では一般の客も来ていたのでタチヤーナや他のウェイトレス達には迷惑をかけたくなかった。一般の客は何の騒ぎかとこっちをちらちら伺っている。K氏はというと、この日のために作っておいた名刺を配り歩きビジネスにいそしんでいた。

   料理は作っても作ってもたちまちなくなり店側一同は日本人学生のパワーに圧倒されていた。打ち合わせよりもはるかに多くの料理が出ているように思えた。きっと店側もどれだけ料理を出したのか把握しきれずにいたのだろう。この時ほど「ロシア人がアバウトな国民でよかった」と思った時はない。

 「日本人って、もっとおとなしくて静かな民族だと思っていたわ。」

タチヤーナはそう言った。

 「日本食恋しさのあまり嬉しくて仕方ないんですよ。きっと。」
私は汗だくになりながら、とりあえず苦笑しながらそうフォローしておいた。
イスカンダルさんは隅の方で懐かしむように日本人の様子をじっと見ていた。きっと大使館時代を思い出しているのかもしれない。
 「遅刻〜〜〜。ひっひっひっ。」
遅れてパーティーにやってきた私の友人に対して嬉しそうに言った。友人はいきなり日本語でそう言われてかなりビビっていたが。

   パーティーもお開きとなり、そこには残骸だけが残っていた。もう二度とあんな大人数の日本人がモスクワに、すくなくともレストラン“平家”に集まることは無いだろう。かなり無理のあった企画だったが皆さんに楽しんで頂けたなら光栄である。

   その後、K氏は言った。
 「今回は色々とありがとう。今度はもう少し少人数でやろうか。」

私は思った。
(もうあんな気疲れは懲り懲り!!勘弁してくれ!!)

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