僕が世界で一番好きなロシアの映画監督、カレン・シャフナザーロフの新作(「満月の日(День полнолуния
)」という映画)が公開になったと聞きました。実はロシアにくるきっかけになったのが、このカレン・シャフナザーロフの映画であって、5年前偶然(何故か)中野で、彼の映画(「ゼロシティ」という名前の映画)を見てからロシア語に興味を持ち、独学を始めたといういきさつがあります。それで前からどうしても見たかったのですが、なかなか忙しくて映画館に行けず、実現できずにいました。
5月3日の戦勝記念日の日に、モスクワ中心部の映画館に行ったのですが、その日はなぜか「入場無料」の日にあたっており、中に入ると、いつもはがらがらの映画館に、年金生活者らしいおじいさん、おばあさんがぎっしり。
中には受付の椅子を勝手に客席に持って入って「見えない」「どきなさい」「いやいやあなたかどきなさい」と、通路で喧嘩している人もいて、とても見れる状況ではないと判断しました。混乱を見かねた司会者が壇上に上がって「今週ずっとやっていますので、また来てください」と(無責任なことを)言うので、もう我慢できず逃げ帰ってきました。
それからまた時間がずっととれず見れずにいたのですが、金曜日に授業がたまたま休みになり早く帰れたので、会社終わってから行こうと思いました(金曜日は会社が少し早く終わるのです)。情報誌で確認すると、モスクワの中心からちょっと離れたところにある映画館で、1館だけまだやっているところがあったので、わざわざ地下鉄に乗って出かけました。
情報誌には6時から上映と書いてあったので、間に合うように急いで映画館に駆けつけました。
入り口で券を買おうしたのですが、どうやら別の映画をやっているようなのです。アメリカの法廷ものの映画だったので、
「『満月の日』がみたいのですが」と言ったら、太った券売りのおばさんに「それよりアメリカの法廷ものを見ていかないか?」「とってもいい映画だから」と薦められました。でもここで負けるとなんのために時間かけて地下鉄で来たのか分からないと思い「『満月の日』は何時からですか?」ときくと、
「8時から」と言うので、
どうしようかと思ったけど、
「それなら待ちます」といっていったん引き下がりました。それから、明らかにベットタウンと分かるその街のさびれた市場をうろうろしたり、閑散としたカフェに入ってシャシリク(バーベキュー)まで食べたりしてなんとか2時間時間をつぶし、
いよいよ8時に近くなったので再度映画館の窓口に向かいました。「『満月の日』の券を下さい」と聞くと
同じ券売りのおばさんが、
「何人ですか?」とききます。
「一人です」
と答えると「映画は上映されない」
と言うではありませんか。
びっくりして、「どうしてですか?」
ときくと、
「一人だと映画はしない」と答えます。「さっき8時からやるといったじゃないですか?」
「上映しないといったらしないのです」
「どうしても『満月の日』がみたいのです」
「残念ですが、2人以上でないと上映はされないのです」と押し問答が続きます。
ここで客は僕ひとりだけったのだと分かりました。
やけくそ気味で
「私はこの映画を見るためにわざわざ日本からきました」
とうそぶくと、
おばさんも、「私(おばさん)の力ではどうしようもありません」と頑固です。もうだめかと思ったのですが、ふと閃き
「それでは2人分払います」
と言うと、
急に
「それならダー(Yes)」と、
お金を受け取るではないですか。悔しかったけど、
実は1人分でも2人分でもたいして変わりはないのです。
だって入場料が一人10ルーブル(日本円で200円)、2人分でも400円ぐらいのものです。
「なんかいんちき臭いな」と思いつつ、金曜日の夜でこの金額で客が一人(でも収入は2人分だけど)では、この映画館は近く倒産するのではないかと不安になりました。そんなやりとりがあった後、案内してくれるというおばさんの後に続き、暗い廊下を渡ってホールに入っていきました。
見ると、何やらホールの前列におじいさん、おばあさんが10人くらい座っていて静かに黙想したり、身体を伸ばしたりしているではないですか。
舞台の上のスピーカーからは「エニグマ」の曲が流れ、おねえさんが立って「はい海にもぐりまーす」とか指導しています。どうやら映画館でヨガか瞑想か呼吸法かのセミナーをやっていたようなのです。
「おいおい、ここは映画館じゃないのかよ」
とか思いながら、
券もぎのおばさんの方をみると、おばさんが壇上のおねえさんに目配せし、それをキャッチしたおねえさんが、「それでは深呼吸して。。。今日はこれで終わりです」と言いながら手をパンパンとします。ふと見ると後ろの客席で映写技師らしきお兄さんが寝ています。あ、今のそのそと起き上がりました。
そんな様子を見てますます、
「この映画館は長くもたんな」
と思いました。
おじいさん、おばあさんがそそくさと退散して、急に寂しく一人になり、暗くなって唐突に映画が始まりました。が、壇上に「瞑想セミナー」用の椅子や机が残されており、視界が妨げられて、どうも案配良くありません。仕方が無いから自分で壇上に這い上がってのそのそと机と椅子をかたずけてから、ホール一番真ん中の席で映画を鑑賞しました。
映画自体は僕好みで、とても気にいったのですが、映画を見るまでの体験が頭から離れず、また著名な映画評論家のように一人で映画館を借り切って見るのははじめてだったので、緊張していました。またフィルムが切れたりしていつ映画が中断にならないかと不安でした。
映画館はその後まったく人の気配が無く、映写技師も回しぱなしにしたまま帰ってしまったのではないかとさえ思われました。
実際実際映画が終わった後、ホールの外は真っ暗であり、廊下を手探りで巡りながら出口を探している時には永遠に出られないのではないかとあせりました。
外が明るかったので(注:夏のモスクワの日は長いのです)なんとか出口にたどり着いたけど。それとちょっと疑問なのが、映画が予定時間よりずいぶん早く終わったのと、つながりがちょっとあやしいところがあったことです。もしかすると(映写技師が早く帰りたかったので?)切り替え個所で(フィルム)一巻分抜かされたのかもしれません。
もっともこれは、地方の映画館の話です。街の中心部のある「コダックキノシアター」(外資系)という映画館は最新の音響設備も整い、連日外国の映画を上映しているのですが、連日満員でいつも券を買うのに行列ができます。
「メンインブラック」「フィフスエレメント」「タイタニック」の時はダフ屋も出ました。要は映画館による格差が激しいのです。そして全
体的にハリウッドの映画は人がたくさん入るけど、ロシア映画は人気がありません。そういうところも日本と似ているかも。ロシア映画は初日だけ映画館で上映して、すぐにビデオ販売に切り替えるというケースが多く続いています。
ちなみに北野たけしは、「ゴジラ」ほどではないものの、「花火」がこちらでも少し公開されたり、映画情報誌で特集が組まれたりして、知名度は高いようです。
(’98年7月 モスクワ)
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