はぐれミーシャ純情派
タシケント激闘編7日目後編 |
7月28日
アレーシアに悪い影響がないはずがない。ラリサ叔母さんはいつもアレーシアをこき使う。ラリサ叔母さんは家事が嫌いなのだ。「私が働いて食わせてやってんだから、家事ぐらいやりなさい」というのが口癖。俺が食器を洗おうとすると「アレーシアにやらせなさい」と言い出す。仕事がうまくいってないときはやつあたりをする。そのやつあたりも尋常なレベルではない。もう、かわいそうで見てられない。もしこれが日本だったら、家出するかグレるかである。音楽だけが彼女の逃げ道らしい。俺が持ってきたCDウォークマンで音楽を聴いているときは、ラリサ叔母さんの声も聞こえないから自分の世界に浸れるのだろう。ちなみにタシケントにはCDウォークマンは存在しない。CDプレーヤー自体持っている人は少ないのだ。アレーシアがものすごく気に入っているのを見ていたから、プレゼントしようかな、とずっと迷っていた。このとき、この夜、決めた。プレゼントしよう。それを告げたときのアレーシアの表情、ものすごく喜んでいて、そして驚いている。そりゃそうだ。タシケントに存在しないものだし、もしあったとしてもとても貰えるような代物ではないのだ。「モスクワでCDラジカセを買おうと思っているから、CDウォークマンは使わないんだ」と嘘をついた。ラジカセが欲しいのは確かだが。「シュテフィ・グラフは試合の前に、ウォークマンで音楽を聞いて精神を集中させるんだよ」まあ、それがグラフだったかセレシュだったかははっきりと覚えていないがこの際そんなことはどうでもいい。
もうすぐ、俺は一人でモスクワに行ってしまう。俺は良いかもしれないが、彼女はこんな生活を続けていかなければいけないのだ。彼女が少しでも幸せになれるようにと思うが、俺にはこんなことしか出来ないのか。せめて、好きな音楽を好きなだけ聴けるようにしてやりたい。その一心である。センチメンタル、と言いたければ、どうぞ。おれはこうゆう「くそセンチメンタル」な人間だから。
二時半を過ぎた。宴は一向に終わる気配を見せない。ラリサ叔母さんは踊り、アレーシアにあれこれと命令をする。そして、ついにアレーシアが切れた。「こんな時間に恥ずかしくないの?ミーシャ、向こうの部屋に行こう」二人で俺の部屋に行く。そこで、おれは「こんなことしょっちゅうなの?」と聞いてみた。「時々」とアレーシア。時々だって嫌だろうな。その後は普通の話。テニスの話。「プロの選手になりたい」「日本に来たら俺が通訳するから」
4時過ぎに飲み会終了。俺もアレーシアもあくびばかり。アレーシアは居間のベッドで、おれは自分の部屋で寝ることにする。ラリサ叔母さんは自分の部屋にいるらしい。玄関の靴を見ると、まだあの男が残っている。残っているということは、ラリサ叔母さんの部屋にいるとしか考えられない。もしそこで何かそういうことが始まるようだったら、俺は許さない。娘がいるっていうのに、適当な男と関係を持とうなんて。しかも、居間ではその娘が寝ているのだ。俺はトイレに行くとき、わざと大きな音を立てて歩いた。俺の部屋はラリサ叔母さんの部屋と隣り合わせだ。隣からは何やら物音がする。まあ、別に普通の物音だが、なんか嫌なので壁をどんどんたたいた。もしもあの男がその気だったら、その気をなくさせてやろう。俺はしばらく壁をこつこつとやっていた。
次の日、アレーシアに「昨日音を立てていたのはミーシャなの?」と聞かれた。「そうだ」と答えると笑っていた。