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あきさんの『人形になったイポンカ』

−第6話−

オレグ・メンシコフの砂糖

 

 さすがは高級レストランと言うべきか、来る客は普通の客ではない。どこぞの政治家や、会社社長、歌手や俳優ばかりである。

 「こんにちはーー。」
 その日、仕事に来た私は何だかみんなの様子がおかしいことに気づいた。明らかにそわそわして浮き足立っている。ブリヤート共和国出身のおっとり姉さん風のラリサは私に近寄り嬉しそうに言った。
 「ねぇ、今あのオレグ・メンシコフが来てるのよ!!ここからは見えないけど奥の席に座っているわ。へ?アキ、知らないの?」


 オレグ・メンシコフとは周知の通り、世界的に有名な映画俳優で代表作に“シベリアの理髪師”、“太陽に灼かれて”などがある。映画はどこかで見たことがあったが、俳優の名前までは覚えてなかった。
 「とりあえず和服に着替えてくるね。」
そう言って私が着替えている間にそのオレグ・メンシコフは帰ってしまった。

 「もう!アキ、何やってんのよぅ!オレグ・メンシコフに日本人のあなたを見せたかったわ!」
 タチヤーナはヒステリーを起こす始末。「そうか、そんなに有名な人なのか…。ちょっと惜しいことをしたな。」もう二度とないであろうチャンスに私はがっかりした。


 ところが次の日、また彼はやってきた。そうとは気づかず、私はいつも通り彼を席まで案内し、メニューを差し出し、お茶を注いだ。

 「スパシーバ(ありがとう)」

 どこか、おもはゆったい声で彼は礼を述べた。私も一礼をし、テーブルから去った。

お盆を片づけていると、ラリサが近づいてきた。
 「やったじゃない!オレグ・メンシコフと話せたじゃないの!」

 「…え?今の、そうなの??だったらもっと話しておくんだった!!損した気分。…あ!そうだ、サインとか写真を頼もうかな。」

 「それがダメみたい。さっきタチヤーナが頼んでいたけど、断られていたわ。きっと私用で来ている時はそういうことをしないのよ。」

 「そっか…。」

タチヤーナも結構ミーハーなのである。

 そしてオレグ・メンシコフは帰ってしまった。その立ち去り方も一般人と違うように見えたのは先入観からだろうか。その洗練されたしぐさや、振る舞いが光っていた。それほど背の高い人ではないのに、なぜか大きく見えた。後光までさしているように感じられた。


 まだ片づけられていない彼のテーブルを見ると、彼の使った食器が置かれていた。特別ファンというわけでもないのに、なんだか、その皿たちが途端にありがたい貴重なものに感じてしまった私も、やはりどこかミーハーな性格なのだろう。



 その後、再びオレグ・メンシコフと出会うことはなかった。ラリサ姉さんは「またすぐ来る」と確信していたようだが。そんなラリサに私は着物の袂から小さな白い紙の袋を出して見せた。


 「…砂糖?うちで客にドリンクに付けて出しているものじゃない。これがどうかした?」

 「ふっふっふっ。これはね…。」


 そう、この砂糖はオレグ・メンシコフがコーヒーに使った、使いかけの砂糖なのである。
 「まったく、アキはとんでもないことをする子なのね、びっくりしたわ。」

 「本当はコーヒーカップの方が欲しかったんだけどね。」


 そう言って二人で大爆笑した。食器ではなく砂糖を取った(盗った?)のは私のせめてものモラルのカケラ…かな?

 この小さなこぼれかけの砂糖袋は今でも大事にとってある、モスクワの大切な思い出の品である。


                                 つづく


メンシコフと砂糖・・・題名の通りです。
あきさんのところに、大事にしまってある「メンシコフのお砂糖」を一度拝ませていただきたいものです。
今度見せてね、あきちゃん。(ひよこ)


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