2002.10.24 gonza

人気ミュージカル劇場を武装グループが占拠。
ロシアに残るチェチェンの爪跡



武装グループに占拠された「ノルト・オスト」劇場

10月23日の夜9時頃、モスクワの中心部。ミュージカル「ノルト・オスト」(北東)上演中の劇場に40〜50人からなる武装グループが乱入。(翌早朝6:00現在)観客を人質に立てこもってます。窓ガラスを黒く塗った白バンが劇場の前に止まり、中から武装グループ出てきて、あっという間に劇場を占拠したとのことです。

窓から脱出した目撃者の情報によると、顔の特徴からカフカス出身と思われる犯人たちは、迷彩服と防弾チョッキで身をかため、黒マスクをかぶり、機関銃や自動小銃で武装。全員が身体に爆弾を巻き付け、発砲した上、舞台に上って「機動部隊が突入してきたら自爆する」「突入してきた警察一人あたり、(人質を)10人殺す」と警告しているそうです。

劇場のあちこちでマシンガンの銃声が響いているとのこと。犯人グループは戦争のプロと思われ、出動した特別任務警察隊(ОМОН)は、ぜいぜいマスコミを現場から遠ざけるぐらいで、事態にどう対処したらいいのか手をこまねいており、政府は対テロ特殊部隊「アルファ」を突入させるべきかタイミングを伺っています。犯人グループの要求は「チェチェンでの戦争をただちに中止すること」。そう携帯電話で警察に連絡してきたそうです。

劇場では500人〜1000人の観客が人質になっているといいます。俳優たちはメーキャップ室に監禁されているとのこと。彼らは外に出ることを禁止されてますが、携帯電話での肉親への電話は許されているそうです。その後20人ほどの子供が解放され、チェチェン人とグルジア人とカフカス人(そして外国人の大半)もパスポートをチェックの上、解放されたそうです。イスラム教徒を開放したとの情報もありますが、どうやって区別するのか疑問があるので(コーランを読ませるとか手はあるが・・)、デマかもしれません。その後150人の観客が開放されたとの情報もありますが、現在どのくらいの観客が人質になっているのか誰も把握できていないようです。

打ち合わせ中の警察。手の出しようがない。 劇場から500M以内は、完全道路封鎖 道路にあふれる内務省軍特殊部隊 占拠された劇場内部
「こっち来ちゃダメだ」とTVカメラを追い払う警察 解放されて保護される子供 解放された子供達の証言が内部の様子を知る唯一の手段 脱出した俳優。「アクション映画のように」コートを裂いてつないでヒモをつくって3階の窓から自力で脱出したという。


「ノルド・オスト」の原作は、ヴェニアミン・カヴェリンの小説「二人の大尉」。ロシアで最初の「世界レベルの」本格派ミュージカルと銘打って昨年の秋登場。モスクワっ子の間で大人気となり、ロングラン上演中でした。ストーリを外国から持ってきた他の人気ミュージカル(「シカゴ」や「ノートルダム・ド・パリ」)と違って、純粋なロシア製で、舞台も第二次大戦下のロシア。国営ベアリング工場の文化会館ホールに専用の劇場が設けられ、クライマックスでは本物の大型飛行機が舞台に着陸するという豪華な舞台装置で話題となりました。このミュージカルにはオーディションで選ばれた子供たちが歌い、踊ります。今回、人質となった観客のなかにはたくさんの子供たちがいたのは、「ノルド・オスト」が子供たちが活躍するミュージカルだからでしょう。ミュージカルのテーマは子供たちの友情と大人たちの裏切り、そして戦争。この劇場を占拠した武装グループの宣言「これは戦争だ」という言葉と奇妙に一致してます。このミュージカルが「完全ロシア製」というのもなにかの意図が働いてのことかもしれません。

「ノルト・オスト」の雑誌広告。サブタイトルは「愛の歴史」 第一幕目は子供たちが主人公 全国からオーディションで選ばれた子供達が歌い踊ります 大人から子供まで楽しめる純ロシア製ミュージカル。


この間、留学生との飲み会で「ノルド・オースト、面白いって。今度見に行こうよ。」と話していたばかりで、私たちも近く見に行くつもりだったのです。私たちが人質になっていた可能性もありますし、誰か留学生が今日、見に行っていたんじゃないか、と考えると心配でたまりません。

最近、モスクワの治安が悪くなっていくのを身にしみて感じてます。先週の土曜日にも私たちのアパートからそんなに遠くないところにあるマクドナルドの前で爆弾が爆発し(車が大破した)、その前日の金曜にはモスクワ中心の繁華街、新アルバート通りで白昼堂々、歩道を歩いていたオホーツク海・マガダン州の知事が何者かに射殺されました。夜道でフーリガンに襲われ銃で撃たれそうになった私の友人(ロシア人)は「危険が増した。3年前とは明らかに状況が違う」と言ってます。

チェチェンの首都グローズヌィがロシア軍によって「制圧」させてもうずいぶんたちますが、チェチェン周辺、グルジアとの国境付近では、いまだに血で血を洗う交戦が続いており、ロシア軍、チェチェン戦闘員双方に毎日のように死者が出ています。街や村ではテロが繰り返され多数の民間人が犠牲になってます。そう、この国はまだ「戦争状態」なのだと、チェチェン紛争の専門家がテレビで言ったとき、戦争のない国で生まれ育った私はハッとしました。「ロシアはチェチェンでの戦後責任をあいまいにしてきた。こうなったのはロシアの罪だ」とジャーナリストは言っています。

モヴサール・バラエフ


今回の劇場武装占拠の首謀者であると見られているチェチェン過激派の司令官の一人、モヴサール・バラエフから通信社に連絡があったとのことです。バラエフの言葉によると、武装グループのメンバーの大半が、チャドル(イスラム世界の婦人のベール)をかぶった未亡人であるとのこと。彼女たちの夫はチェチェン戦争で殺されたといいます。彼女たち皆「生き残るつもりはない。死ぬつもり」でモスクワでの「戦争」に向かったとバラエフは言っています。


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