2001.6.8/gonza

モスクワの物乞いについての衝撃的な記事


ロシアのマスコミ報道を100%信じることはできません。
各メディアの背後でクレムリン、政治家、新興財閥などの権力構造が動いていて、情報操作している可能性があるからです。

しかし、雑誌「イトーギ」(4月24日号)に載った『差し出された手の掟』という題の、モスクワの浮浪者についてのレポートを読んだとき、私はたいへんな衝撃を受け、落ち込んでしまって、夕食を食べる気もなくしてしまったほどでした。これを読んだとき「こんなことがあっていいのか?」ととても信じられない気持でしたが、反面、なぜか、今のロシアなら「あり得る話かもしれない」と妙に納得した自分も嫌でした。恐らくこの記事は日本に報道されることもないでしょう。内容が内容だけにかなり迷いましたが、今のロシア社会の問題点を生々しく伝えるこの記事を皆さんにお伝えしたいと思いやはり書くことにします。

モスクワの街を歩いていて目につくのが物乞いをする人々の多さです。地下道や地下鉄の連絡通路には、幼い子供を抱いた女性、松葉杖の男性、片手のひらを上にしてずっと立っているおばあさん、汚れた顔をして地べたに座っている子供達が並んでいます。地下鉄に乗っているときも、「お助けください」と大声で呼びかけては、車椅子に乗った迷彩服の男性や、小さな子供づれの女性が目の前を通過していきます。満員の列車の中、床を膝歩きしている小さな女の子に出会ったことがあります。女の子は何も言わず、乗客のひとりひとりに近づいて、ズボンやスカートを引っ張り、悲しそうな目でじっと見つめては寄付を求めていました。


僧服を着た『司祭』(поп)
ロシア正教本部が「街で寄付を集めている彼らとはなんの関係もない」と発表してからは、ほとんど見なくなりました。

タイミングを失ったり、あるいは照れくささから、または僅かなお金惜しさから、寄付できなかったとき、後からなんともいえないばつの悪さと罪悪感を覚えます。お金をあげたときにも、後から「少なかったのではないか?」と後悔することになります。
彼らと比べて自分が健康なこと、貧乏学生であるけれど毎日の食べ物に困るほどまで追いつめられていないことがなにか申し訳ない気持で、そこから不公平な世の中とロシア社会に憤りを覚えたりもしますが、なにもできない自分に無力感を感じるだけです。
ロシアの人々はどうしているのかというと、結構お金をあげている人が多いのに驚きます。彼らも生活は楽ではないだろうに、すごいなぁといつも感心します。

しかし、「イトーギ」の記事を読んだとき、事態はあまりに深刻で、私の想像を超えている・・その可能性をあらためて知らされました。


この記事によると、モスクワの浮浪者はすべて組織化されているとのことです。

『乞食企業』というべきものが存在して、その頂点に立つ、もの凄い金持ちの『王様』が何人かいるそうです。さらに『王様』の事業として、モスクワの物乞いというのは、ほんの氷山の一角に過ぎず、水面下では盗難、麻薬の転売、人身売買がなされている・・・その結果巨額の金が毎日彼らのもとに集まっている・・・というのです。

記事は『乞食企業』の『王様』のうちのひとりと接触したインタビューがもとになっています。彼の話によるとモスクワで組織化されてない物乞いは実質上いないとのことです。モスクワ全地区は、「タジク」「アゼルバイジャン」「ジプシー」の3つの『企業』によって分割統治されており、それぞれの『企業』は、万単位の「社員」(物乞いをする人々)をかかえている。彼にいわせると奴隷だそうです。つまり、物乞いは自らの意志では、自分の主人(=王様)から他の主人のもとには移れないし、『仕事場』を変えることもできない、主人を捨てることも許されない・・・。

『みなし子』(сирота)
吹雪の中、踊って物乞いをする小さな男の子。新アルバート通りで初めて見かけたときはとても胸が痛みました。

それぞれの『社員』のために、主人は『日記』と呼ばれる日々の上納金を定めています。『日記』のノルマは、物乞いがそれを払った後には、安いウオッカと貧しい食べ物代しか残らないように設定されています・・・つまり、乞食の一日のかせぎのほとんどは主人が持っていってしまうのです。
もしも『社員』が『日記』のノルマを果たせなかったときには、厳しく処罰されます。どのような形で処罰されるのかについては、この記事には明確には書いてません。しかし「決して主人は奴隷を殺すようなことはしない。しかし、(焼きを入れて)不具にすることはあるが、それで乞食の価値はさらにあがる」といった恐ろしい『王様』のコメントが書かれてあり、背筋が寒くなりました。

「奴隷」が主人を欺くことは不可能で、物乞いたちには「安全課」、つまり彼らをコントロールするために特別に雇われている人間たちが見張っているのです。

なんとも不思議なことに、「日記」のノルマとして最も大きな金額が課せられているのが、6歳から12歳までの子供だといいます。子供は大人よりもたくさん稼ぐからです。子供たちはよい場所なら一日に3000ルーブル(約1万2千円)稼ぐそうです。ロシア人の平均収入が一ヶ月2〜3万円ともいわれていますから、これは驚くべき金額です。

もし子供に「才能」があったら、つまり、歌をうたったり、楽器がひけたら、一日の稼ぎは5000ルーブル(約2万円)にも達するそうです。またそんな状況でも、不思議なことに子供達は「主人」のもとから逃げない。なぜか子供たちは民警や養護設備に入れられることをより恐れているからです。

恵まれない動物に援助を求める『愛犬家』(сабачник)
馬と一緒に援助を求める女性も見たこともあります。
乳飲み子を抱いた『マドンナ』(мадонна)。
連絡地下道でずっと座っています。

ノルマが2番目に大きいのが、「マドンナ」と呼ばれる、乳飲み子を抱いた母親たちです。彼女たちは一日に2500ルーブル(約1万円)集めるそうです。

同じぐらいの金額を集めるのが「愛犬家」。これは「食べ物のない、あるいは病気のペットを助けてください」などと訴えて、動物と一緒座って援助を求める人たちのことです。

仕事前に、赤ん坊や動物には、鎮静剤を与えるのだそうです。だから赤ん坊や犬はいつもぐったりして、寝ています。赤ん坊には鎮静剤の代わりに、スプーンでウオッカを飲ませることもあるそうです。

「マドンナ」は赤ん坊の本当の母親であることはめったになく、赤ん坊は仕事用に貸与されるそうです。

『ベテラン』(ветеран)
迷彩服で車椅子に乗っている人々をよく見かけます。

「マドンナ」の次に稼ぐのが「ベテラン」で、彼らは退役軍人で、障害者用の車椅子に座っています。彼らは一日に2000ルーブル(約8千円)集めるそうです。
一番少ないのが、健康な男性で500〜800ルーブル(約2千円〜3千2百円)だそうです。

記事によると、全ての浮浪者は、全ての旧ソ連地区からモスクワに運ばれています。まったく驚くべきことに、ウクライナやモルドバの病院、老人ホームや障害者施設で、人間が買い付けされていると書かれています。

車道の中央で寄付を求める彼らの労働は最も過酷だと思います。彼らもどこからか連れてこられたのでしょうか?

そこでは、一人の障害者や病人を手に入れるため500ドルが支払われるそうです。そしてモスクワに送られて、商人によって1000ドルで転売されるとのことです。子供たちは、アルコール中毒など問題をかかえる家族から、買い付けされたり、レンタルされます。子供は親から1500ドル〜2000ドルで買われ、商人はその子を一ヶ月あたり200ドルで貸し出す。都市では子供の転売価格は3000ドルまで上がるとのことです。


モスクワにはおおよそ6万人の浮浪者がおり、各自が平均500ルーブル(約2000円)もたらすと考えると、「王様」達のもとには、毎日3000万ルーブル(約1億2千万円)が集まることになる。
そして、それはあくまで乞食ビジネスだけの収益であって、「乞食企業」は加えて、麻薬を売り、盗難ビジネスも行っているのである・・・と記事は締めくくってありました。そのうえ売春、武器等の不正輸出、人身売買も手掛けていることを考えると、「企業」の利益はどのくらいになっているのか、全く想像の域を超えています。



ロシア製チョコ「ショック!」
「スニッカーズ」に極似してます
裏には「Это по-нашему!」(これがロシア流!)と書かれてます

これを読んだ後、いたたまれない気持で、もう誰かに話したくて、大学の授業の休み時間、私は同級生の中国人の女の子にこのことを(へたくそなロシア語で)懸命に伝えていました。
すると、ロシア人の女学生がやってきて次のようにまくしたてました。

「なに? そんなことぐらいで驚いてるの? 「ショック」っていうチョコレート知ってるか? 「ショック」のCM知ってる? ショック! ロシアはショック! 毎日がショック! 絶え間ないショック!」

若いロシアの女の子のこの言葉も私にはショックでした。


(追記)他のロシアのマスコミ記事同様、この記事も、100%真実かどうか分かりませんし、私は、個人で独立して物乞いされている人々もいると思います。街頭で物乞いをしている人々はロシアの変化に伴って騙されたりして、アパートを失った人も多いと聞いています。彼らは被害者であるといえますし、どのようなかたちであれ物乞いの暮らしはつらいと思います。私のロシア語の先生の話によると教会周辺で物乞いしている人々にはマフィアの手が回っていないと言っていました。マフィアも掟として手を出してはいけない領域があるとのことでした。また自ら貧しくても困っている人に施しをすることが自分の務めと考えてる信者も多く、苦しい年金生活をおくっているお年寄りもお金を恵んでいる・・そこにロシアの国民性があるとも言っておりました。

(追記2)最近になって、この記事の影響かどうか分かりませんが、モスクワの地下鉄構内の浮浪者の数がかなり減ったように感じてます。地下鉄当局や民警が徹底的に締め出し対策を実行しはじめたのかもしれません。「専門の管理部隊を組織して浮浪者を地下鉄から追い出すよう全力をつくしている」。
「それは<周りを汚しかねない衣服を着た乗客の地下鉄構内通行を禁止する>法律があるため全く合法である」とモスクワ地下鉄スポークスマンがインタビューに答えていました。


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