はぐれミーシャ純情派

タシケント激闘編4日目
7月23日(日)
 今日は金曜日。昨日、ここの娘のアレーシアと町に出かける約束をした。朝からわくわくしている。アレーシアは15歳。ちょっとしたデート気分だ。少しでも気分を盛り上げないと落ち込んじゃうからねえ。最近、彼女のことを思い出す時間が増えてきている。ここタシケントにいるかぎりこの苦しみは続くような気がする。できる限り早くタシケントを脱出して新しい生活をはじめたい。今日はそのことを忘れよう。まあ、デートとはいっても相手はまだまだ子供。出発前、ずっと「トムとジェリー」のビデオを見ていた。俺も一緒に見てた。ということは、俺も子供なのかな。
 最初の目的地はイッパドロームという巨大なバザール。行く前からいろんなことを言われた。そこではポケットの中に財布を入れとおくとすぐ「すり」にやられるとか、あまりにも人が多いのですぐ気持ち悪くなるだとか。まあ、見てみようじゃないの。地下鉄のなんとか駅からマルシュルートカ(ワゴン車のバスのようなもの)に乗ってイッパドロームに向かう。駅もすでに人でいっぱい。
 イッパドロームは人でごった返していた。とにかく車の量もすごいし、何から何まで巨大なのだ。15スムの入場料を払って中に入る。規模は築地の魚市場に近いものがある。しかし、人の量はこちらのほうが断然多い。着いたのはだいたい9時半。早い時間だから少し空いてる、といっても人は多い。だいたい三部門に分かれていて、韓国人のバザール、ウズベク人のバザール、あと誰かさんのバザール(よく知らない)。そのほかに、食堂はいたるところにあるし、ジュースやガス水のスタンド、パンを売っている人などなど、とにかくすごい。韓国人のバザールを中心に見たのだが、そこは衣料品・靴が中心。でも、こちらの目的はカメラだ。イッパドロームの中で売っているところはあるらしいのだが、探すのに一苦労。探す途中で、アレーシアは自分の欲しいものを見ようとするからなかなか進まない。見つけるまでに一時間ぐらいかかった。イッパドロームはもうすでに満員状態。すれ違うのも大変なくらいになってた。カメラを売っている店でさんざん迷った挙句、コダックの最新式(店の人が言うには)のやつを買った。約40000スム。一瞬、高いなと思ったが、冷静に考えたら6000円くらいのものだ。あとで気がついたのだが、ズームの機能がついてなかった。ちょっとショック。ほかにミノルタやニコンのもあった。
 そのあとも、アレーシアは相変わらずスポーツ用品ばかり見ている。じつはアレーシアやラリサ叔母さんに何かプレゼントをしたいと思っていた。アレーシアは帽子(野球帽のような形のやつ)を欲しがっていたので、好きなのがあったらプレゼントするよ、と言ったら大喜び。喜んで探していた。スポーツ用品の店にはかなり笑えるものがある。あきらかに偽物のナイキやアディダスなどが勢ぞろいなのだ。その代わり、値段もそれ相応。アレーシアが迷いに迷って買ったのはよくわからないメーカーのやつ。でもなかなか似合っている。3000スムだから500円くらいか。すぐに円に換算するなんて俺の心もすさんできたようだ。
 その後もさんざん歩いたが、洋服ばかりだったのでちょっとつまんない。のどが乾いたので、飲み物を飲む。それは、ずっと飲みたいと思っていたガス水・ウィズ・シロップ。タシケントには至る所にガス水を飲むところがある。2パターンあって、一つは人が手動で全部やるやつ、もう一つは自販機のようなやつ。自販機とはいっても横に人が座っていてその人がボタンを押すと出る仕組みになっている。初体験のガス水・ウィズ・シロップの味は、まあまあ。値段に見合っている。よく田舎にあるパインサイダーの味を思い浮かべるといいかもしれない。あと、駄菓子やにあった60円のジュース、パレードにも似ている。
 イッパドロームを出たところでもう一つ初体験。それはモルスという飲み物。冬によく見かける灯油を売っている車と同じような車で売っているのだ。そのタンクから出てくる液体はビールの色。アレーシアがいうにはビールの甘いやつだ、とのこと。これも飲みたいとずっと思っていた。試す。ウズベク人のお姉ちゃんが注いでくれた。よく味わって考えながら飲んでいたからだろうか、お姉ちゃんは怪訝そうにこちらを見ている。ビールとはまったく違う。カルメ焼きが液体になったような・・・なんとも表現しがたいものがある。はっきりいってたいしてうまいものではない。そういえば、今住んでるところの下の階で、モルスを造って売っている人がいるんだった。時々、夜になると砂糖の焦げたような変な匂いがするのだ。おれはこのような類のB級の食べ物・飲み物が大好きだ。ほのかにまずいのがなんとも言えない。また飲んでみよう。どこのモルスが一番おいしいか、探してみよう。
 そのあと、マルシュルートカと地下鉄を乗り継いでチョルスー・バザールに行く。ここも人は多いいが、イッパドロームよりは全然ましだ。イッパドロームには食料品が全然なかったが、ここは食料品、主に野菜・果物などが中心。俺の得意ジャンルだ。とは言っても、ここで買って家に持って行くには距離がありすぎる。見るだけにする。ラリサ叔母さんが欲しがっていたなべを探したが、ここにはなかった。またアレーシアは自分が欲しい物に目がいく。髪飾りを買ってあげる。30円くらいのものだが、彼女にとっては簡単に買えるものではない。こんなもので喜んでくれるならと思うと断れなくなる。まあ、いいか。プラダのバッグを買ってくれとねだるバカ女よりは数万倍ましだ。こうなってくるとほんとの妹のような気にもなってくる。食堂で「地球の歩き方」を見ている日本人女性を見かけた。ガイドが付いているようだったので、声をかけるのをやめた。お腹が空いたので我々も食事をとることにする。今日は朝ご飯をわざと抜いてきた。まだシャシュリクを食べてなかったから、今日は絶対シャシュリクを食べたい。しかし、入った食堂にはシャシュリクはなかった。ラグマンとプロフを食べた。たいしたことない味だった。仕方がない。値段もたいしたことないんだから。ラグマンというのはウズベクのうどんのようなもの汁の中に麺と出汁と具が入ってる。羊からだしを取っているらしい。ラグマンはもっとおいしいのがどこかに存在するはず。
 そのあと、なぜかインターコンチネンタルという高級ホテルに行く。アレーシアが言うには「タシケントで一番きれいな建物」とのこと。確かに綺麗な高層建築だが、東京でこんなのは見飽きている。でも、アレーシアが勧めてくれたのだから、仕様がないので写真を撮る。
 その近くにあるテレビ塔に行くことにする。その途中にプールや遊園地がある。ちょっとアメリカナイズされた雰囲気のあるところだ。アレーシアは遊園地に入りたいと言い出したが、入場料が1500スムとちょっと高いのであきらめる。すると、アレーシアはロープウェイに乗ろうと言い出した。こんな街中にロープウェイがあるのか!?と思ったら、二・三人乗りのゴンドラみたいなやつ。確かに構造はロープウェイと一緒だ。そのロープウェイは遊園地とプールの周りを一周する。なかなか快適である。プールで魚になっている子供達やプールサイドで干物になっている御婦人達を高いとこから悠々と眺める。プールの周りを回っている間中ずっと、アレーシアはプールに行きたいと言っていた。そこには日本のプールにもよくある滑り台がいくつもある。普通のやつや曲がりくねったやつもあるし、高いとこからすごい角度で一気に下るやつもあった。名前は「カミカゼ」。日本と全く一緒だ。しかし、アレーシアはその意味を知らなかった。プールは人工的な波をおこせるのだ。そこは全くの別世界。とてもタシケントとは思えない。よく見ると、泳いでいるのは金持ちそうなロシア人ばかり。ウズベク人の姿は見当たらなかった。彼らが泳いでいる姿を見かけるのは公園の池やその辺の川だ。それは、ウズベク人が貧しいということではない。むしろ裕福なウズベク人が増えているのだそうだ。これも大統領のおかげ。お金がもったいないからウズベク人はそうゆうところには行かない、というのはアレーシアの説。
 そのあと、ようやくテレビ塔にむかう。アレーシアはあんまり行きたくなさそうだった。でも、一度はタシケントの町を上のほうから見てみたかった。塔の近くまで来たが人影は全くない。観光名所なのかと思っていた。入り口のところまで来ると門はしまっておりそこには警備員のような若者とおばちゃんが立っていた。上に上りたい、と言うと、書類を持っているかと言ってきた。つまりパスポートなどである。そんなの持っているわけがない。すると今度は、上で写真を撮りたいのか?と聞いてきた。撮りたいが、「地球の歩き方」によると写真撮影は禁じられているはず。「撮りたい」と答えると、あからさまに賄賂を要求してきた。若者に1000スム、おばちゃんに200スムということで合意する。若者は「上につくまでポケットの中にカメラを隠しておけ」といわれた。別の若者が鍵を差し込んでエレベーターを動かしてくれた。サンシャインや東京タワーのようにエレベーターガールが説明してくれるわけではない。展望台につくと、若者は「15分したら迎えに来るから」と言って、さっさと下に下りてしまった。ついたところはビルのボイラー室のようなところ。僕達のほかは誰もいない。とても観光名所とは思えない。急な階段を上がるとそこが展望室だった。普通高いところはガラスで覆われているものだが、ここはそのままむきだし。高さは200メートルとたいしたことはないのだが、この高さで風を感じることなんてめったにできることではない。もっと高い塔はいくらでも存在するが、剥き出しの展望台としては世界で一番高いのではないだろうか。床の鉄板がいたるところで盛り上がっていて、そこを踏むと音を立ててへこむのでかなり怖い。ここからはタシケントの町が一望できる。高い建物がちょこちょこあるくらい。ちょっと感傷にふける。もうすぐこの町を去るのだな、と思うとちょっとセンチメンタル。アレーシアは、こんな高いところに来たのは初めてだという。たいして大きい塔ではないので5分もあれば十分なのに、15分たっても若者は迎えに来ない。このまま置き去りにされたらどうするんだ、と一瞬不安になる。結局、30分近く200メートル剥き出しのところにいる羽目になってしまった。
 そのあと、タクシーでツムというデパートに行くことにする。ラリサ叔母さんへのプレゼントを探すためだ。でも、ツムは日曜日で休みだった。仕方がないので、近くの公園に行くことにする。そこにはとっても綺麗な噴水がある。噴水の近くで写真を撮ろうとしたら、警備員にとめられた。ウズベキスタンではいまだに撮影禁止のところが多い。地下鉄の中もそうだ。テロを恐れての事というが、まるで旧ソ連時代のようだ。
 そのあとは、お馴染みのブロードウェイに向かう。そこでアイスを食べながら、路上で売っている絵を見た。アレーシアはここで絵を見るのがとっても好きだと言っているが、はっきりいってグレードはかなり低い。たまに綺麗な絵はあるがそれもたいした物ではない。そして、ぬいぐるみなどを売っている露天のところまで来ると、アレーシアは立ち止まって動かなくなってしまった。手のひらサイズの小さなぬいぐるみをテニスのバッグにつけたいのだという。たいして高くないから買ってあげるというと、10分以上迷っている。あんまりいろいろ買ってあげるとあとがたいへんかなとも思ったが、まあたまにはいいだろう。二つ買って約150円。子供の頃の金銭感覚に似てる。こんなに喜ばれるとは思わなかった。そこにはなぜかポケモンもあった(なぜか中国製)。ブロードウェイを歩く。アレーシアはしょっちゅう立ち止まってアクセサリーなどを見ている。女の子だからしょうがない。またネックレスを売っているところで動けなくなってしまった。さんざん迷った末に、ガラス製の変な顔をした犬(アレーシア曰くサル)のついたやつを買った。50円。ここはほんとに物が安い。これが日本だったら、どんなにかわいい女の子でもこんなにいろいろ買ってあげたりはしないだろう。安さゆえになせる技である。ブロードウェイの端のところで、部屋を探したときにお世話になったおばさんに会った。何度立ち寄ってもいつも物を売っている場所にいなかったのに、なぜか今日はいた。アレーシアがいたのでたいした話はできなかった。他の国に行くことを告げると、タシケントに残ったほうがいいわよと言われた。
 地下鉄で家に帰る。しかし、まだラリサ叔母さんにプレゼントを買っていない。今日中に何とかしたかったので、ハムザ駅で途中下車してとても綺麗なスーパーに行く。日曜日はお休みだ。タシケントはにちようび休みの店が多い。徒歩でいつもの「買い物センター」に行ったが、そこはもう閉店の時間だった。仕方がない。そのあと、近くのバザールに寄った。アレーシアは今日一日中サングラスを探していた。バザールの露店にいいのがあったので買ってあげた。120円くらい。ここは日差しが強いので、みんなサングラスを持っている。似合わなくてもお構いなし。俺もちょっと欲しくなってきた。
 家に着いたら、アレーシアはラリサ叔母さんに今日の出来事を逐一語り始めた。本当に楽しそうに。こんなに楽しそうなアレーシアは初めて見た。モルスを飲んでいるときの俺の顔まで再現してた。今日一日でいろんな物を買ったが、全部アレーシアのものだ。ガイド料だと思ってくれ。全部俺が買ってあげたというとラリサ叔母さんが怒るから、俺が買ってあげたのは帽子とぬいぐるみだけということにした。自分のものはカメラと雑誌・アガニョークだけ。
 その夜、ラリサ叔母さんの息子、アントンが帰ってきた。ここ最近、親戚のいえ(つまり俺の前の彼女の家)に入り浸りでなかなか家に帰ってこない。アントンに惚れているマリーナはいつも待ちぼうけ。今日も夕方からここにやって来てアントンを待っていた。アントンにはその気はないらしい。俺がこの日記を書いていると、アレーシアが部屋に入ってきた。「アントンはマリーナとしゃべっているし、お母さんは友達としゃべっている。私はいつも一人ぼっち。」とても寂しそう。アントンはもうすぐ20歳だから妹の面倒は見ないのだろう。アレーシアにとっても今日のタシケントめぐりは楽しいことだったに違いない。しょっちゅうアレーシアとしゃべっているから、情も湧いてくる。タシケントを去っても、付き合いを続けていければ

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