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モスコビチカの親となって −モスクワでの出産体験記−

Deckさん投稿

2006年7月、家内がモスクワで出産(初産)を体験したので、似たような境遇の方々の一助になればと思い筆を執りました。

妊娠中
 家内の妊娠が判明してからはSOSインターナショナル(モスクワにある国際病院。英語で診察を受けられる。以下、SOS)に通院し、定期的に妊婦健診を受けていました。SOSには妊娠36週目までの専用プランがあったので申込みました。費用は$1,440、内容は超音波検査(5回まで)を始めとして、医師の健診(回数無制限)、産後の1ヶ月健診などが含まれていました。始めは行く度に異なる医師の診察を受けていましたが、後半には特定の医師からのみ受診するようになりました。家内の妊娠生活は、悪阻がひどく、おなかが張って早産傾向にあったため、薬を処方してもらい自宅で安静にしている日々でした。
 当初は、7月上旬の出産予定日に向けて日本で出産するために4月頃に帰国する予定でしたが(医師からもその時期の帰国を薦められていた)、航空会社から搭乗を拒否されるというハプニングに見舞われ、思いがけずモスクワで出産することになりました。妊婦が飛行機に搭乗する際には医師のレターが必要で、そのレターを用意したのですが、「早産傾向にあるが投薬によってコントロールされている」という内容が、航空会社には「投薬をするほど危険な状態である」と解釈されたためでした。予想外のモスクワ出産という事態に向けて急遽準備を始めました。

 病院探し
 SOSでは妊婦健診のみで分娩施設はないため、新たに分娩できる病院を探す必要がありました。そこでSOSの医師より、今回家内が出産することになったPerinatal Medical Center(以下、PMC)を紹介して頂きました。早速、PMCの渉外担当者(後述)と連絡を取り病院内を見学した所、今年1月にオープンしたばかりでとても綺麗で、最新の設備が揃えてあり、医師もスタッフも優秀、また我家にも近く、同じ病院内に小児科病棟もあることからもし未熟児が生まれても対応が可能であることなどが分かったので、ここでの分娩を決め、見学から数日後に分娩契約を取交しました。
PMC建物全景(漢字の「山」が逆さになった形?)
廊下に液晶TVがあったり、病院内は
驚くほど(?)近代的で清潔でした。


 契約方法については、1)私たち個人とPMC間で締結する方法(実際はこちらの方法をとりました)、2)SOSを仲介者にして、個人とSOS(+PMC)とで契約し、何か起こった場合SOS経由で対応してもらう方法があります。後者の場合、SOSへは$400〜500の手数料が必要となります。PMCでの妊婦健診プラン(36週以降〜出産まで)は$675、分娩費は、部屋のグレードやサービスによって値段が異なり、スタンダードが$2,900(母子別室/母用の部屋のみ)、デラックス$6,500(母子別室/母用の部屋+ゲストが宿泊できる部屋付き)、VIPルーム$12,060(母子同室/デラックス+赤ちゃん用の部屋+24時間体制のナース付き)でした。我家はスタンダードをお願いしました。支払いにはクレジットカードが使用できました。
 主治医が決まり、臨月からは毎週の健診が始まりました。今までは安静を言渡されていましたが、臨月に入ると一転して歩くことを進められ、家内は近所を散歩する毎日でした。週末はベビーグッズを揃えるために、レニンスキー沿いにあるベビー用品店(値段は気持ち高め)、知合いから教えてもらった赤ちゃんルィノック(値段はリーズナブル)に足を運びました。今までの人生の中で入ったことのないお店ばかりでしたが、客はお腹の大きい女性とかばん持ちをしている男性ばかりなので、妙な一体感を覚えました。
出産前日及び当日
 予定日(7月6日)の前日が健診日でしたが、その際家内に吐き気や頭痛があること、血圧が高めだったことから妊娠中毒症の兆しがあると判断され、急遽その日のうちに家内は入院し、翌日に陣痛促進剤を使って分娩することになりました。
 その日の夜は血圧を下げる点滴を受け、症状が改善されたので、翌日朝10時に陣痛促進剤が打たれ、軽い痛みが始まりました。13:30頃破水し、その後病院の家内から自宅へ電話があり、私が病院へ来る許可が降りました。14:30頃私が病院に到着すると、着替えるように言われ、下着の上に青いガウンを着て分娩室に入りました。家内は分娩室の台の上で独り横になって辛そうで、背中をさすってあげるのが精一杯でした。病院のスタッフは家内を独りにして、時々様子を見に来て必要な処置をしながら陣痛が増すのを待っている様子でした。
 16:30頃、主治医が今から麻酔を打つので(と言っていたと推測します)あと1時間後に戻ってくるよう言われ、17:30過ぎに戻ってくると、10人くらいのスタッフに家内が囲まれ、2、3人のスタッフが家内のお腹に手を当てて押していたので驚きました。私は廊下で待っているように言われ、開いているドアの隙間から家内の様子を祈りつつ見ていました。主治医が「スィーリニェェ!×3(もっと強く)」「トゥーイシャ!×3(いきんで)」「マラジェーツ!(その調子)」と大きな声を出しているのが聞こえ、家内が頑張っていきんでいるのが見えました。 
 18:05ついに産声が聞こえ、家内がこっちに向かって無言でVサインをしました。私も入室を許可され、へその緒がついているわが娘と初対面しました。赤ちゃんは必要な処置を施された後、すぐにマトリョーシカのように包まれて、別室へ運び去られて行きました。

入院
 PMCとの契約によれば普通分娩の場合の入院は4日間、帝王切開の場合は1週間で、どちらの場合でも料金は同じです。スタンダードの場合、シャワー、トイレ、冷蔵庫、ケーブルテレビ付きの個室が用意されます。空調の調節もでき、携帯電話、食べ物の持込もOK、面会者も出入り可能(ただし、子供は不可)でした。面会時間は公には16:00〜19:00と決まっていましたが、かなり前後しても入室可能でした。食事はおやつを含めて1日に6回用意され、メニューも日替わりで味も量も満足できるゴージャスなものでした。
入院部屋(スタンダードルーム)の様子。
広くて清潔、ゆったりできます。
食事の写真(ある日の昼食)。
けっこうゴージャスなのです。

 入院のために事前に私たちの方でも色々用意していましたが、家内、赤ちゃんの着るものは全て病院から支給されたので不要となりました。持ち込んで便利だったものは携帯電話、目覚まし時計、デジカメ、パソコン、辞書、筆記用具、洗面用具、授乳クッション、ペットボトルの先につけるストロー、聖書でした。
 部屋は1日に2度清掃のおばさんが来て掃除してくれるので常にきれいに保たれていました。入院中は毎日、朝6時頃から医師やナースが部屋に来ては様々な検査があり(血圧検査、血液検査、注射、問診、内診など)、また部屋の掃除や備品の交換などで、常に誰かが出入りする状況でした。私たちは母子別室でしたので、普段赤ちゃんは同じフロアの新生児室にいて、授乳時間にワゴンに乗せられて母親の部屋に運ばれてくるシステムになっていました。
退院
 家内は7月10日(月)、娘は黄疸が出て小児科病棟に2日間入院したため7月12日(水)に退院しました。退院時には退院判定書が発行されました。
 ロシアでは「赤ちゃんを買う」という表現があり、お世話になった医師、ナースに感謝の気持ちとしてお金を包む習慣があるようです。しかし私たちは、相応の契約金を払っていることや自分たちは当地では外国人でありロシアの習慣に100%従わなくてもいいという点を考慮し、お金ではなくチョコレートや日本のお土産を主治医やお世話になったスタッフ数人に配りました。
ロシア式に巻かれた娘(生後3日目)

 
娘の退院時は再びマトリョーシカのようにグルグル巻きにされたので、車で我家に向う時にも用意したカーシートに座らせることができず、家内が腕に抱いていました。娘を乗せ初めて運転した時は、安全運転を心がけていたせいか、家までが遠く感じました。
 PMCでは、日本の産院だったら教えてもらえると思われること、新生児のお世話方法、注意点などについては殆ど教えてもらえませんでした(PMCでは産前のマタニティクラスがあり、ここで教えられていたのかもしれませんが、ロシア語のみのクラスだったので私たちは受講しませんでした)。
 そのため、育児については何も分からないままの退院となりましたが、帰宅後、周囲の先輩ママ方から沐浴やお世話の方法などを教わりました。また、知人から紹介してもらった新生児専門小児科医(ロシア語のみ、1回の往診で800ルーブル)や母乳の指導員(ロシア語/英語可、1回の往診で2,500ルーブル)に自宅へ来てもらい育児に関する実践的なアドバイスをもらいました。

ロシア語の壁
 臨月まで通院していたSOSは、英語が通じたのでそれ程言葉の壁を感じませんでしたが、PMCに移ってからは誰一人として英語を話そうとする医師・スタッフがおらず、定期健診時には友人達に通訳として同行してもらって切り抜けてきました。出産当日は家内独りで通訳なしでしたが、この日は麻酔科の男性医師が唯一英語を話す方だったので、必要な時はこの先生が英語で説明して下さいました。その後の入院生活は全てロシア語のみの世界でしたが、時々は友人達の助けを借りつつ、必要なことは家内も何とか理解できたようでした。
 PMCでは外国人の出産経験者も数名いて、医師も英語を話すという前評判がありましたが、そのような気配は残念ながら感じられませんでした。
 ロシアで出産された方のサイトで、ロシア語の妊娠用語が紹介されているHPがあり、私たちも参考にさせて頂きました。
http://f4.aaa.livedoor.jp/~russianr/baby/slova.htm
母子手帳
 ロシアの母子手帳は日本とは様式が異なっていたため、私たちは日本語/英語併記の母子手帳を日本から取り寄せ、健診時に持参して医師に書き込みをお願いしていました。
 またSOS、PMCのこれまでの健診カルテを全てコピーさせてもらい、帰国後に備えて、妊娠・出産の経過の把握に努めました。SOSのカルテは全て英語で、PMCのカルテは全てロシア語で記載されています。ちなみに日本語/英語併記の母子手帳は下記サイトで取り寄せが可能でした。http://www.geocities.co.jp/SweetHome-Skyblue/1678/heiki.html

出生届け・国籍
 新生児を日本の戸籍へ載せる方法は、1)モスクワ在住の私たちが大使館領事部へ申請する方法と、2)日本在住の家族が両親の戸籍のある市町村に代理申請する方法とがあります。
 1)も2)も出生届けは様式が同じで、また病院が発行する出生証明書に対し別途自分で日本語訳を作成する必要があります。確認した所、1)の場合は外務省経由で両親の戸籍のある市町村に届けられるため、2)の方が時間を短縮できるとのことでした。また、1通しか発行されない病院からの出生証明書はこの出生届けに使ってしまうので、予めコピーをとり、モスクワの公証人役場で「原本と相違ない」と証明されたものを念のために手元に保管するようにしました。
 知人によるとロシアはアメリカ同様「出生地主義」を取っており、ロシアで出産すればロシア国籍を取得することが可能となるそうです。しかし私たちとしてはいつか突然徴兵されるのも怖いので、娘には日本国籍のみを取得することとしました(女児を持つロシア人の友人によれば、女性が徴兵されることは本人が希望しない限りないそうですが)。
振返って
 妊娠・出産に対する考え方は夫婦によって色々あると思います。私たちの場合1)10ヶ月間の妊娠期間中ずっと家内と一緒に過ごせたこと、2)産後すぐに2人で子育てを始められたことから、今では逆にモスクワで出産できて良かったと思っています。
 モスクワと日本の費用と比較すると、妊婦健診費はモスクワの方が高く、分娩費は日本で30〜50万円かかるとすると、PMCのスタンダードコースは(個室などの条件を考えると)日本より割安ではないかと思います。モスクワでのメリットは、(SOS、PMCとも)定期健診などで事前に予約ができるので待ち時間が少なく、診察の際は主治医を長時間独り占めできて、信頼関係を築けることだと思いました。

 最後に
 周囲の方々に様々な面で助けていただき、生涯忘れることのできないモスクワでの出産を無事に体験できたことを本当に感謝しております。ありがとうございました。娘が大きくなったら、この時の体験話を聞かせたいと思います。
連絡先および便利な情報サイトまとめ
ご参考までに、病院の連絡先や、出産について参考になったサイトを紹介します。


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