あき
人形になったイポンカ

−第2話−

ボス

 

 目立たない看板、まさかそこにレストランがあるなんて、と思わせるような外観の建物。その重苦しい扉を開けると、そこはほとんどロシアとは思えないような異空間だった。薄暗い店内にはランタンがともり、小川が流れ、中央には巨大な和風のオブジェ…超高級レストランである事がすぐわかった。タチヤーナはえらく上機嫌で面接に来た私を迎えてくれた。

 「ついに本物の日本人が来たわよ!!」

 レストランの経営者らしき背広の男達が数人ぞろぞろと挨拶にやってきた。タチヤーナはそのうちの一人の、おそらくこの中で一番偉いであろう中年の男と、あからさまにはりついたような笑顔でなにやら喋っていた。その男はレストラン“平家”の支配人で他にも系列の日本食レストランを取り仕切っているらしい。

 「いやぁ、日本人がきてくれて我々はほんとに嬉しいよ〜〜!!サムラーイ、ハラキリ??え?ロシア人は皆同じ事を言う??はーっはっはっは!!」

私はいいロシア語の練習台を見つけたとばかりに普通に談笑していたが、タチヤーナや他の人はどこか、この支配人のアレクサンドル=イヴァーナヴィチのご機嫌を損ねない様に、脅えながら接していた、ということにその時の私は気づかなかった。

 「何か質問はあるかね??」

そう尋ねられ、私は昨日友人であるK氏に言われたセリフを思い出した。

 『へぇ、ロシア人のもとで働くのか…。僕は絶対嫌だね。日本ではありえないことがこっちでは起こるからね。例えば給料出ないとか。それがロシアなんだよ。』

ロシアでビジネスを展開する、ロシアでけっこう痛い目に遭っているK氏はにやりと言った。よし!給料と労働条件についてはきっちりと確認しておこう!!そう思った私は開口一番に質問した。

 「給料については?」

するとなんだかタチヤーナをはじめ、他の経営者の顔色が変わった。アレクサンドル=イヴァーナヴィチの様子を気にしている。一瞬時が止まったが、いたって普通に

 「さすがは日本人だ、彼らは勤勉だからな。」

この時ロシア人に突然お金の話をすることはタブーであることを知った。私の仕事は接客、夕方5時から10時まででタクシー付き。2日間働いたら次の2日は休み、給料は月$200となった。

 

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