はぐれミーシャ純情派

タシケント激闘編9日目中編パート1
7月31日
 エレーナにロシアのビザのことをやレギストラーツィア(登録)のことを一通り質問した。すると、エレーナが妙な質問をしてきた。「あなたにとって普通の給料ってどれくらいなの?」どうゆうこと?「タシケントで働くとしたらどれくらい給料がほしい?」なんで?話が見えない。「一月200ドルだったら、タシケントで生活できますか?」と聞くと、「十分生活できるわ」だって。いったいこれって何の話?「私が話すよりも社長と話してもらったほうがいいわ。あなたの話を聞いてから思いついたことがあったのよ」何の話したっけ?大学の給料が安いとか、これこれからミンスクで仕事探しだ、とかはいったけど・・・。ま、ここまでくると俺にも察しがついてきて。
 社長室に通される。社長は前歯が欠けている。まず名刺を出された。丁寧な対応。「ついのガイドとして働いてくれないか」・・・。突然すぎる。しかも明日出発だっていうのに。会社の説明を聞く。日本からの観光客は年間4000人ほど。この会社は「地球の歩き方」のシルクロード編を作るときも手伝ったらしい。「世界の車窓から」のシルクロード編もこの会社がコーディネイトした、日本の旅行の組合のようなものにも入っている。社長自身、年に数回日本に行っている。今現在、日本語を話せる人が二人いるが、二人ともウズベキスタンの人。日本語ネイティブの人間が欲しいのだそうだ。
 そして、条件面の話し。「仮に」という言葉付きだが、給料は200ドルというのを前提に話が進められた。200ドル!大学での給料は10ドルだから20倍だぜ。タシケントでの平均給料が20ドルだからその10倍。なんかリアリティーにかける話だ。その時点で完全に舞いあがってしまった。その給料のほかにガイド料が1日15ドル出る。これだけで大学の給料を超えてるじゃん。当然、ホテルの宿泊費と食費代・交通費は別である。その他に大学で日本語を教える口を紹介するという。まずは東洋大学。社長はそこの学長と知り合いだから、すぐにでも教えられるという。そこには日本人が二人教えている。そこの二人とも社長は仲がいい。そして、俺が教えるはずだった世界言語大学。そこの学長とも知り合い。そして、世界経済外交大学。明日、彼女が受験する大学・・・。そこは学長とも知り合いだが、職を得られるかはわからない。三つの大学で同時に教える可能性がある。全部を合わせたら、タシケントで生活するには十分な給料が得られるはず。
 社長は終始ニコニコ顔。歯の欠けた人がリアリティーの欠けた話をしている。まあ、この旅行会社は中央アジアでは最大手の旅行会社。信用するに足る。それにしても、自分の力を評価してもらえたようでうれしい。社長曰く、「ガイドの仕事は君のロシア語力を高めるのにも役に立つはずだよ」とのこと。確かにその通りである。すぐには決められない。その理由を事細かに説明する。なぜ自分がタシケントに来たのかを説明したとき、社長が「君の言っている日本で知り合った人ってあの人のことかい?」と聞いてきた。社長が日本に行ったときに知り合ったのだ。最近、彼女のお姉さんがやってきてこの旅行会社に就職しようとしたらしい。その返事を社長はまだしていなかった。絶対、一緒には働きたくない。その話が出て動揺してしまった。なぜタシケントを去るのかを、彼女との別れるに至るまで事細かに説明してしまった。社長の顔がちょっと曇る。俺のことを面倒な人間だと思っちゃったかも。まあ、いいや。
 とりあえずモスクワとミンスクには予定通り行くことにして、8月の末に返事をすることにした。いつでもいから戻ってきてほしいとのことだ。エレーナはにこにこして「いい返事を待ってるわ」だって。
 正直言ってどうしていいかわからない。こんなの初めてだから。こうゆうのをアメリカンシンドロームって言うのかな(国が違うって!)・日本円にしたら2万円だけど、この国では大金。だって普通の人の給料が2千円なんだから。また、心の中で綱引きが始まる。シルクロード自体に興味はないが、仕事としてはとっても興味深い。確かに子の仕事を経験すれば、俺のキャリアとしては十分すぎる。頭の中がぐちゃぐちゃ。仕事のことだけを純粋に考えたらこれ以上いい仕事はない。ロシア、旧ソ連諸国のどこに行っても200ドルの給料はもらえないだろう。そして、おれはタシケントを好きになりだしている。でも・・・
 ここに彼女が住んでいる。狭い町だからずっと顔を合わせないわけにはいかないだろう。もし、彼女の他の男ができて、それを俺が見かけたとして・・・。そんな苦しさを耐える力は今の俺にはない。そして、彼女の家族とも付きあるハメになるかもしれない。そして、ラリサ叔母さんの家とも。もう全てにうんざりしているから、タシケントを去るのだ。タシケントでの人間関係を全てかなぐり捨てて行こうとしているときに、何で?もしも、まだ俺が彼女と付き合っているときにこんな話が来たとしたら、状況はもう少し変わっていたかもしれない。いや、それでも結果は同じことか。いや、どうだろう。もっと早く言ってくれれば、俺も考える時間を持てたのに。モスクワに出発するまであと16時間しかないんだぜ。

中篇パート2に続く | 前篇に戻る

はぐれミーシャ純情派目次へ戻る

ロシアンぴろしき表紙に戻る