ラーメン中華
ロシア・ホームステイ手記

−第2回−

背中



 クバルチーラでの生活は基本的には楽しいもので、皆と一緒にテレビを見たり、A君の宿題を手伝ったりと、寮生活で忘れかけていた家庭の雰囲気を味わいながら暮らしていました。

サムライ,クロサワはロシアにも定着
 でもやはり問題はSさんの事で、彼は毎晩ではないけれど、週に2,3回飲んでは暴れるという状態でした。普段は寡黙なSさんですが、飲むと口数が増え、僕に言うことといえば、クロサワ、サムライ、ハラキリ、ホンダ、ヤクザといった言葉や、「日本は家に入る前に靴を脱ぐんだよな?」、「日本は仏教だよな?」、「俺を尊敬しているか?」(→「はい」と答えると握手を求めてくる)といったことで、僕は適当に受け答え、Sさんの相手をしていました。

 ある夜、ほろ酔い加減のSさんが僕の部屋に来て、また上のような質問をしてきました。僕はまたかと思いつつ答えていると、Sさんはご機嫌になった様子で自分の話をし始めました。


  「俺は前、刑務所にいたんだ。2度な。」


 いきなりそんな事を言われても、どう答えればいいのか、「すごいですねー。」とは言えないし、「どんな犯罪を犯したんですか?」なんてますます訊けない。僕は「ハァー」とうなずき、早く寝てくださいと思いながら彼の話を聞いていました。

 僕自身、お酒は飲まない方なので、アルコール依存者の気持が分からないのですが、Sさんは現実逃避の手段として飲んでいるように思えました。

 Sさんは以前結婚していて、子供も2人いると、おばあちゃんからききました。今は一日中家にいて、家事を手伝ったり、犬の散歩をしたり、テレビを見たりして過ごしています。ウォッカを飲むと自分がどうなるか分かっているようで、しらふの時はそれを償うかのように、家事をすすんでやって、おばあちゃんを助けています。それでもやはり飲んで暴れてしまうのです。

 ある日、大学から帰り、何気なく台所を見ると、そこには窓越しにタバコをふかし夕陽を見ているSさんの姿が・・・。夕陽に照らされたその背中は何かもの悲しげで、僕の心にせまるものがありました。

テレビでさかんに流されている私設アル中治療クリニックの宣伝(どこかうさんぐさげな医者)
 「アルコール依存はあなたの罪(вина)ではありません。あなたの不幸(беда)なんです」

というロシアのテレビCMを思い出し、実はSさんもウォッカの被害者なのではないかと思い、何だか悲しくなりました。僕は「おっちゃんがんばれ」と心の中で言うのでありました。
(つづく。予定)
写真とコメント:gonza
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