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ロシア・ホームステイ手記
ラーメン中華

−第11回−

父親


 A君がいなくなってから1週間、うちで笑い声を聞くことはありませんでした。
Sさんは相変わらず酒を飲み、おばあちゃんは元気なく落ち込んでいました。そして僕も部屋でボーッとすることが多くなりました。
時々かかってくるA君からの電話で、A君がもう1人のおばあちゃんのところで、元気にやっているということだけは知っていましたが、実際むこうでどういう生活をしているかはわかりませんでした。

 そんなある日、A君と久しぶりに会う機会がありました。それはA君が僕を家に招待してくれた時のことでした。
教えてもらった住所を頼りにA君の家に着くと、部屋ではA君とおばあちゃんがご馳走を用意し、僕を待っていてくれました。A君は僕を見ると、はにかみながら挨拶しました。久しぶりに見るA君はとても元気そうで、自分から進んで料理を準備し、おばあちゃんを手伝っていました。
おばあちゃん(Sおばあちゃんということにします。)は優しそうな人でした。足が悪いらしく、買い物は人に頼まなければいけないといけないと言っていましたが、僕のためにわざわざご馳走を用意してくれたと思うと、申し訳なくおもい、そして胸がいっぱいになりました。A君は以前から、うちのおばあちゃんより、この父親方のSおばあちゃんが好きだと言っていましたが、A君の楽しげな表情を見ると、それがよくわかりました。

 ご馳走を囲んで、A君とSおばあちゃんと3人で食事をしていると、とても平和で、穏やかで、正直うちと比べると、とても居心地よく感じました。そんなふうに思っているとき、A君が僕にこう言いました。

 「一緒にここで暮らそうよ。あの家は汚いし、それにSがいて危ないから、M(筆者)が心配なんだ。ここだったら部屋代なんていらないから。」

 僕は返事に困りましたが、その言葉だけでうれしく、ありがたく思いました。確かに雑然としている僕のクバルチーラとは違い、ここはとてもきれいで、すべての物があるべき場所にあるといった感じでした。

 部屋の中で僕の注意を強く引いた物がありました。それは壁に飾ってあった1枚の写真でした。そこに写っていたのは、スーツ姿でキリッとした、ビジネスマン風の中年の男性でした。僕がその写真に興味を持ったのが分かったのか、Sおばあちゃんはその写真の人について説明してくれました。

 それによると、その人はA君の父親で、学者さんだったそうです。A君がまだ赤ちゃんの時、学術調査でシベリアへ行き、そこで亡くなられたとのことでした。
ものごころつく前に亡くなられているので、A君には父親の記憶がなく、A君は写真、そしておばあちゃんの話から自分の想像の中で父親のイメージを作り上げているようでした。しかし、父親が学者だったということに関しては誇りに思っていたようでした。

 A君とSおばあちゃんにお礼を言い、久しぶりにいい気分で家に帰りました。家に帰っても、A君と彼のお父さんのことが頭を離れず、いろいろ考えてしまいました。たとえ「生(なま)」の父親を知らなくても、誇りに思える存在として父親像が、A君の心の中にあることは大事だと思うし、A君が実際そう思っていることで、僕はうれしく思いました。

 しかし翌日、A君の父親に関して、A君の知らない、信じがたい事実をうちのおばあちゃんから聞くことになるのでした。

つづく。(予定)

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