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ロシア・ホームステイ手記
ラーメン中華

−第10回−

家出


 どんな家庭にも大なり小なり抱えている問題はあるわけで、僕が住むことになったロシア人家庭では、その問題はSさんの飲酒なのだと思っていました。そして、その問題はA君がいることで目をつむることができました。
 しかしこの後、僕のホームステイ生活を通じて、一番ショッキングで深刻な問題が持ち上がることになるのです。そして、その事で僕は真剣にホームステイを続けるかどうか悩むことになるのでした。

 事の発端はやはりSさんの飲酒にありました。SさんはA君の普段の生活態度で気に入らないところがあるようで、酔うとそのことでA君に悪態をつき、暴力を振るうこともありました。
 このためA君はSさんを嫌っていて、「早く刑務所に入れられてしまえばいいのに。」とよく言っていました。A君は家に帰ること自体ゆううつに感じているようでしたが、帰る場所は、Sさんのいるクバルチーラ(アパート)しかないのが現実でした。

 事態が大きく動き始めたのは、Sさんの1回目の退院日でした。Sさんが入院している間、A君は本当に生き生きしていて、楽しそうに毎日を過ごしていました。その頭には、いつかSさんが帰ってくるという考えは全くなかったように見えました。

 Sさんの退院日当日、A君はいつも通り、学校に行きました。夕方、僕が家に帰ると、A君はまだ居らず、家には病院から帰ってきて、すでに酔っぱらっているSさんとおばあちゃんの姿しかありませんでした。

 「たぶん、外で遊んでいるんだろうな。」と思いながら、A君の帰りを待っていました。でも、夜になっても帰ってこないので心配していると、電話がかかってきました。

 それはA君からで、今、父親方のおばあちゃんの所にいるとのことでした。そしてSさんが家からいなくなるまでは帰ってこないと言うのでした。
 それを聞いたおばあちゃんは激怒し、
「そんなふざけたことをするんじゃないよ!早く戻ってこい!明日学校があるだろう。」
と怒鳴っていましたが、動揺していたせいか「宿題はちゃんとやったのか。」と少し的はずれな事も言っていました。

 おばあちゃんの必死の説得にも、A君は帰らないと言い張り、電話を切ってしまいました。
 おばあちゃんは力なく受話器を置き、酔って寝ているSさんを見ながら
「全部こいつのせいだ。」
とつぶやき床に就いてしまいました。

 A君のこの行動が、後に大きな問題に発展していくとは、まだ誰も知るよしもないのでした・・・。
つづく。

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