めるのロシア日記 調子悪くてあたりまえ

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2004年2月1日(日) 野放しの女王

朝−8℃、少し寒さが緩んだ。
モスクワはきのう雨だったらしい、ということはプラス気温?
信じられない・・・モスは近年温暖化が激しいとはきいているけど。
モスクワなど西は春が早くきて秋は短い。
逆に極東の沿海部は日本海の影響で春はなかなか暖かくならず替わりに秋が長い。
今日も窓から凍ったアムール湾を行く砕氷船が見える。

頭痛はほとんどしない、ありがたい。
あの痛みはいったい何だったんだろう・・?
日本に帰ったら一応歯のレントゲン撮ってみよう。

今日は義祖母(オトーサンの母親)の一周忌である。
日本のように盛大にはやらないけど会食したりするので親戚からの連絡を待っていた
けど電話がないのでうやむやになりそれぞれの自由行動となった。
親戚とはいろいろあるらしいが私にはよくわからない。
「新しい家族には古い家族がもれなくついてくる」のであるが、知らぬが仏である。

ロシアのアパートでお葬式があると、棺の顔部分のふたを開けてアパート前の広場などに置き
そこへみんなが花を手向けにくるから、朝窓から外を見たらいきなり亡くなった人と
おはようございます、あ、ご冥福をお祈りします、ってこともたびたびある。

おばあちゃん、お墓は寒い?
80歳の誕生日は元気やったのにね、私の名前は言うのがむづかしいよね、インナでもナターシャでもなんでもええねん、
おばあちゃんに日本から目薬をもう買ってこなくていいのが淋しいです。

オッサンはオトーサンと半日ガレージにこもって車にテレビをつけていた。
オカーサンは・・
オカーサンの行動予定はいつも、うちの誰も知らないし誰もききません。
オカーサンは「野放しのトナカイの女王」なのです。
いつぞやのオカーサンの誕生日には部屋を飾り付けてごちそうを作って
待っていたけどオカーサンはその日家に帰ってきませんでした。
数日後、近郊の温泉保養所から電話があり、
「あんた、だいじょうぶ?」
「うん、オカーサンどこ?」
「スヴェータとシマコフカ(その保養所)よ、キティは元気?」
「うん、元気」
「ならいいわ、じゃあね」
ブチ。

じゃ、じゃあね、じゃなくてオカーサン、いつ帰ってくるんですかあぁぁぁ〜
猫が元気ならあとはいいんですかあぁぁぁぁ〜〜

毎日きっちり6時に帰ってくるオトーサンの第一声は決まって、
「グジェ、マーマ?」です。
(ママどこ?)

<本日の夕ご飯>
味噌汁、大根のサラダ、牛のたたき、焼カバチョクのスパゲッティ添えバジルと松の実のソースがけ

2004年2月2日(月) 明日はどっちだ

うわ〜マッチロ、雪、雪、雪〜!
きのうから寒さが緩んだから降るやろうと思っていたけどマッチロケ。
日本でも北国にお住まいの方はわかると思いますがすごく寒い地方では「寒い日」は
スコンと晴れていて雪は降らず、少し暖かい日に降ります。
ま、−50℃以下になると今度は霧みたいのがでるんですけどね。
ニュースではウラジオは大雪、昨夜一晩で20〜30センチの積雪で道路は混乱、
雪にはまった大型車の救出の為に軍の装甲車まで出動、などと言っているが、
・・・バッカじゃないの?

2日ほど前にイギリスの寒波のニュースで−6℃で大混乱の戒厳令状態、
政府が「携帯電話をフル充電してポットにお湯を携帯して外出しましょう」と言っているのを
ロシアのテレビ局が茶化して報道しているのを−6℃?バッカじゃないの?と見ていたけど
今度はロシアが「アホちゃうけ?」だ。
うっとこの実家じゃ一晩で50センチなんて常識じゃー
2、30センチなんて降ったに入らんっちゅうねん、ウラジオは東京かっ??
オッサンに
「日本でうっとこの雪見たやろ?どう?」
「うーん、浦で降ったらきっと春まで街が閉鎖」
ここはどこやねん!ロシアやろ!!

ロシアは広いという話でした。

朝からどんよりと痛かった頭痛がだんだんひどくなってきた。
今日は一日36.9〜37.1度くらいの微妙な体温でだるかった。
さっきから手足が冷たくなってきて足湯をしたけど手先は冷たいまま。なんか変?
寒い寒い寒いぃ〜もしかして風邪?風邪なのか?
ええ〜い、葛根湯、葛根湯、そんなもんないか。
ロシア風胡椒入りウオッカ?うちはウオッカ飲まないから、ない。
オッサンが「よい紅茶を濃くいれて蜂蜜とレモンをいれて飲んだら?ロシア風ヨ」
というがレモンは・・レモン、うーん、カビている。
よい紅茶は、リ○トンイエローラベルじゃあかんな。
ああそうや、生姜があったやないか、生姜。
棚にカミュがあるやないかカミュ、“よいコニャック”やろ、上等やんけ。
生姜をすりおろして蜂蜜を入れコニャックを入れて飲んだ。
まだ寒い、熱が37.9度になった
なんか変な病気でなく風邪であることを祈る。
オッサンが
「風邪かなー免疫弱いなーこれ鼻に入れるから」といって、見たら
インターフェロンと書いてある、インターフェロン??
「あ、日本人が想像するインターフェロンとちがうから」あっそう、もうなんでもいいです。
「こっちはウイルスを殺す薬、はい飲んで」 白い錠剤と そ、それはコーヒーのボトルでは?
「水なかったんだもん、何でもいいんだヨ」 あっそう、もうどうでもいいです。
「・・どこからウイルスに感染しちゃったかなあ・・」
「パソコンからじゃない?」
「・・君はきっと死ぬ間際でもそういうことを言うだろう」

いわんっちゅうねん。

こんな私の明日はどっちだ。

<本日の夕ご飯>
ビーフシチュー、ほうれん草の中華風サラダ、カリフラワーのイタリアンサラダ

2004年2月3日(火) バスの運転手は誰がする

昼過ぎに目がさめた。
熱は下がっているような気がする
昨夜はどんどん熱が上がりしんどくてしょうがなかったので頓服まで飲んだ。
今朝の気配はまったく記憶にない、みんなはちゃんと仕事に行ったようだ。
(ちゃんとかどうか心配なのはオッサンだけです)
熱を計ったら37度、まだだるい。

「インフルエンザやったかなあ」
「チキンの?」
「ちゃうって、ワタシ。」
「こんな早くは治らんよ、それに予防注射したじゃん」
ああ、予防注射なあ〜したした、ウチでな。
ロシアではインフルエンザの予防注射が薬局で売っているのでそれを買ってきて
自宅でする人も結構いる。
ウチで買ったのはイタリア製混合ワクチン注射一本800円也。
筋肉注射だから難しくない、
夕ご飯のあとにオカーサンが「さ、注射しましょ」といってみんなでした。
ここぞとばかりにオトーサンが注射器を持ってオッサンを追い掛け回していたっけ。
まあ、予防注射をしたからといってかからないわけじゃないんやけど。

それはそうと連日鶏のインフルエンザ報道で大量の鶏が処分されていく映像をやっているけど
人間が食べる為に飼って、病気だからって殺して、ま、食べるんでも殺すんやけど
なんかなぁーこんなことやってると人類には天誅が下るかもってこわくなるのは
ワタシだけでしょうか。

「今日、下の通りですごい殺人事件があったそうだ」
なにやらうちの山のふもとの通りで白昼、銃撃事件がありマフィアの一人が
自動拳銃で蜂の巣にされたんだそうだ。
「ガードマンや奥さんは無事で本人だけうまいこと狙ってやったらしい」
現場は交番から100m、警察署から400mくらいのとこである。
が、ロシアでは警察から近い遠いはあまり関係ない、どっちも似たような仕事である。
先日テレビの討論番組で(ロシア人討論が好き)ロシアの犯罪の半分が外国人によるもの
というので外国人の入国を厳しくするしないというのをやっていた。
国別外国人犯罪数は
1 ウクライナ
2 アゼルバイジャン
3 モルドワ
4 タジキスタン
5 ウズベキスタン
であった。
(これはロシアに住んでいる外国人の数の違いがあるのでウクライナ人は犯罪者が多いというようなことではありません)
しかし今やモスクワのトロリーバス運転手はほとんどが外国人でしかも正式に雇用されて
いる人ではないらしい。
彼らの給料は300〜320ドル、この待遇であなたはトロリーバスの運転手になりますか?
と会場の客にアンケートをとったところ若年層で70%年配層で68%がNOと答えた。
どこかの国も似たような現象はおきている。
“外国人”はごちゃ混ぜだ。苦学生、就労者、ロシア人の配偶者、最初から犯罪目的でくる者、ロシアにきて荒んで犯罪に手を染めた者・・
安い労働力は欲しい、犯罪は少ない方がいい、
どうするモスクワ?

今日は「節分」だったので節分に何をするかを説明しながら日本からもってきた
豆菓子を出したら、全員待ったなしでオッサンに投げましたとさ。

<本日の夕ご飯>
ビーフシチューの残り、カリフラワーのグラタン、ベネグレット、きゅうりと白菜の中華サラダ

2004年2月4日(水) つい忘れてしまいました

今日もまだ熱っぽい。
おろ?オッサンがワイシャツを着ている。
大事件だ
オッサンは一年に2、3回しかワイシャツを着ない。
「今日なんかあるん?」
「別にないヨー」
「そんな格好して行くとみんなびっくりするんじゃない?」
「そんなことないヨー」←あるって。
怪しい。

ネクタイまで丸めてバッグに入れ、
「あのう、今日の夕ご飯には・・」
「魚な、魚、わかってるって」
オッサン元気におでかけ。

ベッドを直していたらオッサンのサイドボードに“目元ぷるんシート”の残骸が。
か・な・り 怪しい。

オッサンは魚が大好き、この世で一番好きな食べ物は「生の魚」だそうだ。
ダ○エーの魚売り場で気に入った「おさかな天国」をロシア語にして歌っている。
肉が二日続いたので魚のリクエストとなった訳やけど、
うーん、このあいだ買ったパルトゥスをフライにでもしよか。
パルトゥスは日本語でオヒョウ(大ひらめ)、英語だとハリバットという巨大カレイだ。
おおきいのは400kgにもなって冷凍したのをチェンソーで切り出すというシロモノ。
主にアラスカや大西洋で獲れるがこのあたりのはオホーツク海産で1〜3キロ程度の
切り身で売られている。
全身白身の脂身で「全部ひらめのエンガワ状態」の超あぶらっこーい魚だけど
ロシア人は大好き、いろんな魚がキロ80p程度までなのにパルトゥス様は140p以上、
高級魚である。
日本では“白身フライ”という表示のものはこのパルトゥスがよく使われているときくけど
脂っこくて大味で、私は好きでない。
オッサンはもちろん大好きである。

スープやサラダを食べている間にパルトゥスを揚げる。
30cmの巨大フライができあがった。
「うーわ〜!ひらめー!おいしそうーー!!!!ウ○コしてこよっと。」
な・に!?
「なるべくお腹を減らしてからひらめを入れなきゃ」

そ、そうか。
そこまで、この大ひらめが好きか。
パルトゥスよ、こういうオトコにあたってよかったの。

インフルエンザの鶏がいっそう気の毒になった。

あまりに強烈な発言だったので「怪しい」事件を追求することは忘れてしまいました。

<本日の夕ご飯>
パルトゥスのナッツ・フライ、キャベツとタンハムのスープ煮、カリフラワーと春雨の中華炒め、きゅうりとハムのおろし和え

2004年2月5日(木) よくある話

朝14.9℃、パッチぎりぎりの日である。

今日マフィア銃撃事件の現場を通った。
電気屋から出たところを30発打ち込まれたそうである。
犯人はまだ捕まっていない、じつは警察がやったという噂もあるし。
彼は全国指名手配犯だったがウラジオで無ナンバーの車にずっと乗っていたそうだ。
ナンバー無しの車は犯罪に使われることが多いので、少し前から無ナンバーで走って
いる車は全部交通警察のチェックで止められることになった。
通りを見ていてもかなり厳しく止められているけど。
にもかかわらず、長い間無ナンバーで走っていたということは何回も止められて
チェックを受ける毎に賄賂を払って見逃してもらった、ということに他ならない訳で、
“全国指名手配の犯人がウラジオで自由に車に乗って暮らしていたとはどういうことだ!”と
市民は怒っているそうだ。
そういうナンバー有り市民も普段はあちこちに「賄賂を払って」いろいろ見逃してもらっている。

夜、映画館に「ロードオブザリング3」を観に行った。
行く前に映画館に電話して6:30からと確認して行ったのに
行ってみたら6:00からだった。
ロードオブザリングは長い、次回は11:30からだ。
あきらめて帰った。

ロシアではこういうことがよくあります。

<本日の夕ご飯>
とろろと梅干しのすまし汁、シロナのおひたし、金時豆のクリームチーズ和え、キャベツとツナのサラダ、玉ねぎと牛肉のにんにく炒め

2004年2月6日(金) 恨みの連鎖

モスクワの地下鉄で爆発事件が起きた。
またか!!あーーーもうやめてくれーーー!!

今の時点で死者は25人というニュース。
パヴェレツ駅の近く・・ああドモデェドワ空港にいく特急に乗ったなあ・・
あーひどい、血だらけの人がテレビに映っている・・
詳しいことはまだわからないけどひどい・・
モスクワの知人達が浮かぶ、胸が痛い。
こうして犠牲になった人の家族は犯人本人ばかりか犯人の国や宗教や文化までも
憎むようになるだろうと思う。
犯人も犯行の前にそういう思いがあったはず。
こうして恨みの連鎖が続く限りテロ事件も続くだろうと思うと暗い気持ちになる。
千歳空港からアントノフが飛び立った時から日本も他人事とは言ってられなくなりました。
すべての犠牲者のご冥福をお祈りいたします

家族は「ウラジオでテロをしても宣伝効果が少ないからテロが起こる可能性は低い」と言うけど
人生「なんでもありや」と思っているので自分があうはずはない、とは思わないなあ。
何が起こっても“信じられない”とか“起こるはずないと思った”という気持ちに
なったことがない。
あ〜テロにあうかもなあ、怪我するかもなあ、落ちるかもなあ、
痛いかもなあ、だめかもなあ、で生きている。
ジャンケンで負ける人に
「勝つ!というエネルギーが足りなかったのです」というようなセンセーには
“人生負け組”の私です。
こんな私がたったひとつ“ありえない”と思ったのは自分がロシアで暮らすことだ。
あ、その時点でやっぱ負け組やったか。

夜、「ロードオブザリング」を観に正しい時間に映画館へ行った。
映画は時々行きますよ、ロシア語がわからんくてもそれなりに楽しめます。
オッサンは
「あー、ハッピーエンド過ぎ、いい話過ぎっ!いい人が半分くらい死んで欲しかった」
「何言うてんねん!アンタのオトーサンとかオカーサンがテロで死んだらどうするっ?」
(テロ事件で微妙にズレてる&神経質になってる私)

「テロあわないもん、絶対死なないもん!」

なにか・・なにかわからないが力強いものを感じた。

“人生負け組”の私に必要なのはやはり「こういう人」だろう。

<本日の夕ご飯>
カリフラワーのポタージュ、パルトゥスの粕漬け焼、にんじんの肉巻き、焼カバチョク

※ロードオブザリングはおもしろかったです。

2004年2月7日(土) 私をだまらせる奴

今の時点で地下鉄事件の死者は39名になった。
痛ましい。

こういう大事件があると他の国では大臣が辞任したりするけどロシアでそれが
ないのはどうゆうことだ、と言っている。
大臣が辞めても事件が無くなる訳じゃないけど事件で辞めなきゃならんのも恥ずかしいから
当局は必死で事件発生を防ぐように努めるだろうというお話。
(それで恥ずかしいと思うくらいなら誰もロシアで大臣やらんだろうという私は思う)

オッサンの仲良し、ヴァレリから車のコーナーランプを盗まれたと電話が入った。
「最近は滅多に盗まれなくなったのでうっかり固定するのをわすれちゃった」そうだ。
5年くらい前まで車や部品の盗難はすごく多くて、オッサンも人気のあるカローラに乗って
いたときはコーナーランプ3回、ウインカー3回、フロントグリル2回盗まれたので
今は“いい車と悪い車とマツダがある”のマツダに乗っている。
(極東の車の9割近くが日本からの中古車です)
ランプカバー無しで走っていると「ランプがあるよ」と子供が寄ってくる。
そして自分のだったかもしれないランプを買うことになる訳だ。
オッサンもしょうがないので一回買った。
盗んでどこかに売るというよりは盗まれた人がそのままではカッコ悪いので又買う、という
周辺の狭い範囲で盗品がグルグル回っていたそうだ。
今はみんな車を買うとすぐ固定するようにしているのでそういう被害は減ったらしいけど。

さてヴァレリは「ロードオブザリング」フリークなので
きのう観た、という話をオッサンとずーっと話していた。
ヴァレリの家にはロードオブザリングのキャラクターの自作フィギュアが並んでいる。
そっくりというレベルではない、造作も彩色も細かいところまでそれはそれは
素晴らしい出来でびっくりする。
彼は“優秀な外科医”なのでオシゴトでもそれはそれは美しく仕上げていることでしょう。


夕ご飯のあとオッサンが冷蔵庫をあけて
「この牛乳悪くなってるから捨てといてー」
「捨てといて、やのうて自分で捨てんかい」
「はい。・・なんか最近厳しくなった、いぢわるになった」
「ちゃうやろ、自分でなんでもできんと私がおらんときアンタが困るやんか」
「そうかあーワタシにとって“がんばれ”ってことだったのか、ありがとう!」←大マジ。

ちょっと、どうしていいかわかりませんでした。

<本日の夕ご飯>
イカと野菜のリゾット、大根のサラダ、焼キュウリウオ、きゅうりときくらげの中華和え

2004年2月8日(日) ついて行かしてもらいます

朝。鼻が両方つまって苦しいのでサナリン(САНАРИН)を入れる。(これはよく効きます)微妙に熱っぽい。

地下鉄事件の犯人のモンタージュを公開していた。
カフカス系、40〜45歳、170cmくらい、がっちりした体格・・
う〜ん、そのへんにいそうな男・・

オトーサンとオカーサンは郊外にクロスカントリーをしに行きました。
私達は市場へ買い物に行ったあとオッサンは散髪へ。
散髪のあいだ私は待ってましたけどけどすぐなんです、どうしてかはきかないでください。
帰りにガソリンを入れたら値上がりしていた。
95がリッター14pから14.5pへ。
ガソリンは76、92、95、98とあって98が一番質がいいけど浦のスタンドには
ほとんどない(モスではよく見ました)
「前から気になってたんやけど76って何者?」
「ロシアの車は76で走るヨ、ホンダに入れたら車はゴミになっちゃう、トヨタなら1年
くらいは走るかも」
やはり何者??

夜両親が帰ってきた。
オカーサンの様子がなんか変だ。
スキーの帰りに親戚に寄ったそうだ。
うちはこのあいだ隣町にある亡くなったバアチャンのアパートを売ったんだけど
そのアパートはオッサンといとこの共同名義になっていたので売ったお金も半々という話で
手続きをはじめた。全部が済んでさてお金を分けようという事で今日話に行ったら
義姉がうちはアパートの近くに住んでいて書類をとりにいったり揃えたりしたから
半々では不公平、手数料分上のせしてくれ、と言ったそうだ。

「それでオカーサン、どうしたの?」
「でもアパートの売買っていう大きな金を動かすようなことはしたことないのでコワイから
不動産屋との交渉をしてくれないかってアンタにいわれてやったのは私、
広告を出す手続きをしたのも私、ドルが落ちたからあと1000ドル上げても絶対売れると
私が言ったのに、もう広告の原稿できてるから変更を言うのも気が引けるってアンタがいうんで
広告屋に変更依頼したのも私、それでその金額で売れたでしょう、
住んでみて気に入ったら買うという男が2ヶ月で家賃も払わず出ていった時、彼が自分から
くれなかったから、と言ってアンタがもらいそこねた家賃を、車で追いかけて彼からもらった
のも私、そういう金を全部入れて折半しようって言ってるのに何の文句があるか、って
言ったら黙ったわよ」

参りました。
オカーサン、ついて行かしてもらいます。

オトーサン?だから家族の象徴だってば。
(義姉はオトーサンの姉です)

<本日の夕ご飯>

麻婆豆腐、野菜サラダ、ブカティーニ

2004年2月9日(月) 怒るで、シカシ。

「うーん、おはよう」
「おはよう、今日仕事休むから起きなくていいよ」  は?
「ものもらいができちゃったから」  まぶたが赤くなっている。
「痛い?」
「ううん」
「見にくい?」
「そんなことないけど」
「なら仕事行けば?」
「・・・はい。」
こんなことで仕事を休んでいては日本ではじわじわとクビになるやろ。

クビにして欲しい人はロシアにはたくさんいる。
モスクワには国会議員の為の議員アパートというのがあって、いわば官舎なんだけど
1u2000ドル、一軒30万ドルから、家具どころかトイレットペーパーまでついているという高級アパートだ。
選挙で落ちたら当然出て行かなくてはならないがそのアパートに今も60人が居座っていて再三の催促にも
応じないそうだ。
このあいだまでは100人だった。
新しい議員は住むところがないのでロシアホテルに泊まっているが一泊60ドルの費用は
国が負担している。
裁判に訴えれば出て行かせることができるというがそういう問題か??
怒るで、シカシ。
こういう国にはやはり税金を払いたくないだろう。

「牛肉のたたきを食べたい」というオッサンのリクエストでたたきを作った。
市場の肉はこわくて絶対買わないという日本人もいるけどうちはお構いなしどころか
ロシア人もちょっとひく、“市場産”の生肉料理だ。
肉をいちいち電気にすかしてみて(すかして何が見えるというのか?)
「大丈夫か?」 というオッサンに
「何がや。食え。」
「・・・おいし〜い〜〜っ!」
「そやろ」
「もう、お腹痛くなってもいいや」
「ならんっちゅうねん!」

とりあえず今のところ大丈夫です。

<本日の夕ご飯>
牛肉のたたき、卵スープ、野菜とイカの中華炒め、豆腐の田楽

<きのうの買い物>
牛肉・子牛内モモ塊:664円(1s560円)
ひき肉(牛豚半々)1s:320円 ひき肉は牛70/豚30、子牛50/成牛50だと1s360円
豆腐2丁:120円
スリフキ2個:144円
チーズ:92円、とろけるチーズ:112円
卵10個:100円、うずら卵一箱20個:108円
ねぎ、サニーレタス、ウクロップそれぞれ一束:30×3=120円
玉ねぎ一袋:100円
みかん:160円(1s120円)、りんご5個:120円
牛ブイヨン2個:14円
ざくろジュース:212円
ミネラルウォーター5L:124円

2004年2月10日(火) バナナでバチッ

ゆうべは肋間神経痛らいしい痛みでよく眠れなかった。
熱はもうないのでありがたいけど今度は胃の具合が悪い。
やはり後ろ向きのエネルギーが体に影響するんやろうか・・
日記のタイトルを変えようかなあ、
「爽快!バリバリ健康ロシア暮らし」 はどうや。
「安心・安全・確実ウラジオ生活」でもいいかも。
私なら読みたくないな〜(書きたくないし)

毎日毎日ニュースでワリャークという名前を聞く。
ワリャーク、ご存知ですか?
私は知りませんでした。
日露戦争最初の海戦“仁川沖海戦”でロシアのワリャークという戦艦が圧倒的優位の
日本と勇敢に戦ったというのでロシアでは英雄で知らない人はいないのだけど
日本では誰でも知っている話じゃないと思う。
今年はその海戦(日露戦争)100周年なので記念式典のために浦から“現”ワリャークが
韓国の仁川港にむけて出港していった。
韓国も記念碑を建てたそうだ。
日本?日本はもちろん招待されていませんよ。

日本から帰ってきた時、部屋の湿度計は12%を指していた。
いまだかつて見た事のない数字だ。
食事の準備をして18%、食事中で20%、片付けで22%。
これはどれくらいかというとふたを開けっ放しのインスタントコーヒーが湿らない、
焼き海苔の袋の口を閉めなくてもいつまでもパリパリというくらいである。
静電気がすごい。
このあいだなんかバナナを食べようとしたら唇でバチッ!となって、思わず
どんなんやねん!と叫んでしまった。
水を使うキッチンでこうなんやから他の部屋の乾燥はすごい。
目はしばしばするし、お肌は乾燥するし(別の理由か?)
ずっと加湿器を買おう、買ってぇーと訴え続けてきたけど、加湿の概念がないロシアジンなので
理解してもらえず、このあいだ日本で長年使ってきたやつを持ち帰った。
(カタ○グハウスさんその節は修理お世話になりました)

加湿マットに空気を通して噴出すタイプなのでマットは消耗品なんやけど日本なら一冬使えるが
カルシウム分が多いロシアの水では半分の寿命か??
「このマットいくら?」
「2200円」
「えええっ!交換いるの?」
「いるよ、カルシウムで硬化するからね、多分一冬2枚」 (なんせロシアの冬は長い)
「信じられない、もったいない!精製水を入れよう」
「はあ?精製水?そっちのほうがもったいないやん」
「職場からもってくるからタダだもん」
あっそう。
ロシアにはこういう人がたくさんいる。←ちゅうかこういう人ばっかし。

かくして我が家では毎日精製水を放出する加湿器が稼動している。
とてもぜいたくだ。
乾燥は・・一台くらいの加湿器では焼け石に水、バナナにサル(意味不明)だった。
けど使ってます。

夜、7時に突然停電した。仕事の全部が中断、30分たってもなおらないので
とりあえず寝た。(停電したら寝ることにしている)
復活したのは11時、精製水の加湿器とアンバランスな日常です。

<本日の夕ご飯>
鶏ハツのスープ、鶏ハツの中華和え、キュウリウオの南蛮漬け、牛肉と野菜のにんにく炒め、スベクラサラダ

2004年2月11日(水) 中国に気をつけろ

今朝は暖かかったけど、吉野家の牛丼が停止になったニュースでオッサンは静かにご出勤でした。

牛丼、とうとう販売停止になってしまいましたねえ・・
「大盛り、つゆだくで」のオッサンもショックだったよう。
他の国から高品質でおいしい牛肉を安定して輸入できるみちがないという話をきいて
「ロシアから買え!」と吠えてます。
これこれ、吉野家さんは「高品質でおいしい」と言っておられるのだぞよ。

ロシアは5月1日からヨーロッパ産の肉を輸入しないと迫っているけど
たぶんならないと思うのは私だけ?
あ〜イギリスで狂牛病が出たときヨーロッパの業者はイギリスの肉にベルギー産という印を押して
オランダ経由でロシアに輸出したという過去もあったなあ〜。

「牛丼の販売を停止した店舗は閉店するのですか?」という質問が
“よくある質問”コーナーにあるのは淋しいもんです。

オカーサンがお正月に中国旅行に行ったとき買って忘れていたおみやげを出してきた。
オッサンにワイドスプレッドのワイシャツだ。
う〜〜ん、この襟の広さは反則やろ、ウィンザーノットでは足りない、ペットボトルでもさげとくか。
でも頭蓋骨と同じ太さの首に・・・似合う。  似合ってしまう。
どうしよう。

それからもうひとつ、「神さん」だ。
あーぁ、また増えちゃった。
この辺は隣が中国なのでよく中国観光に行く人が多いんだけど中国・・ありますよね、怪しいもの。
絶対どこの家にもあるのが七福神みたいな神さんの小さい置物、
プラスチックをメノウにみせたようなパチもんの神さんなんですが
「アナタ、シアワセ来る、ゼタイね。」とか言われて買ってしまうんですわ、
ロシア人が中華商人に勝てるわけないでしょう。
で、うちにもあるんです、4個。
あーぁ、5個になっちゃった。

オッサンはこのパチ臭い神さんをとても気に入ってます。
このあいだその神さんのおひとりを持ってうろうろしていたので
「コラ、その変なおじちゃんをそこらへんにくっつけるなよ」 と言ったら
「どうしてわかる?」 
「そっちの手に両面テープ持っとるやないか!」 
「どうしてもクツケたい」 と言う。

「あほ。やめれ」 と言ったらはい、と言って元の場所に戻したのですが
次の朝起きたらトイレの壁にクツケてありましたとさ。

<本日の夕ご飯>
大根と豚肉の酒粕煮、牛肉と豆腐の牡蠣油炒め、きゅうりとハムのおろし和え、ベネグレット

2004年2月12日(木) スプーンを持ったロシア人の意見

サッカーが引き分けだったのでオッサンは今日も静かに仕事行きました。

夜、
韓国のクローン→クローン牛で牛丼復活→米の食物輸出→イラクの食料支援→
ムスリムの食事→テレビでレニングラードが“マジック・ピーポ、ブードゥ・ピーポ”→
ブードゥ教→そいえばゾロアスター教が→アゼルバイジャン→ソ連時代の共和国→
バルト3国→ユーゴスラビア→アフガンと米→テロリストと独裁者
という会話の流れで(ようわからんが)

「ワタシはねえ、最近のテロ事件は結局G7が作り出していると思う。
人間には嫉妬の心があってどんなに本人の努力で豊かになったとしても尊敬だけする訳じゃない。
それなのに先進国は助けるどころか貧しい国を資源麻薬漬けにして、
100万ドルの金持ちは、こういう生活をしなさいと見せて、
その国が自分で何かを作ろうとすると、もうおまえのとこの資源は買わない、
援助しないと脅かしてねえ、自分の国の物を売りつけて貧しい国を更に貧しくしている。
カミカゼ・テロにお金持ちはいないヨ。
それどころかカミカゼをしたら自分の家族にすごい金額のお金がもらえるんだから。
テロを指示する人はお金持ちかもしれないけど実際やる人が会社の社長だったり
幸せな家庭のお母さんだったりしたらみんな断るはすでテロリストは生まれようがないでしょ。
彼らのほとんどは生まれた時から貧乏で汚い家でいじめられてだまされて家族が殺されて
なんで自分達はこんなに貧乏で辛いですか、あの隣の国はお金持ちなのに、と思っても
しかたないじゃん。
でもねえ、お金持ちの国も自然にお金持ちになった訳じゃなくてみんなが努力したから
お金持ちになったんだけど、人間には嫉妬の心があるし歴史の中で作られちゃった
民族の性質もあるからね。
自分達が自らきれいでお金もちの安定した国を作ろうという気持ちになるのに
ワタシには一つのアイデアがある。
ワタシはねえ、前は車の窓からやアパートの階段にごみをぽんと捨てていたけど今はしない。
だって日本に行ってきれいな生活を知ったもん、それに慣れたからもう汚いのはいや。
だからねえ、貧しい国の人をぜーんぶ一回、きれいで良く働いて安全な日本みたいな国で
2年くらい住ませてそれで又もとに戻すんだヨ。そしたらもう前の生活は嫌になって
みんながんばる。
日本の働きすぎが嫌だったと思って帰ったらちょうどいいくらいになるんじゃないの?
ワタシが言いたいのは環境は人を変えるってこと、エディマーフィーの映画みたい。
(「大逆転」のことか。)
みんながお金に困ってなくてきれいで安心な国に住んだらテロはおきない。
それはソ連が目指した国。
でもソ連は破産しちゃったけどねえ、
主義を言った人は理想だったけど実行した人は現実だったからねえ。
ワタシがもっと日本語を知っていたらもっと上手に説明できたかもしれなけどごめんね。」

いいか悪いかは別として
いや、ようわかりました。(だって難しい日本語で言われても私もワカラヘンし)

「オッサン、そんなこと考えて生きてるんやー」
「ワタシは悪いやつヨ。
オトウサンと話すときはチェチェン人は皆殺しと言ってるし。
とりあえず今はきのうのチョコレートケーキの残りをどこにしまったか探してる」

話す間振っていた左手のスプーンはそういうことだったのね。
行って良シ。

<本日の夕ご飯>
鶏ハツのスープ、きゅうりうおの香味フライ、かに玉、スタリーチヌィ、野菜サラダ


2004年2月13日(金) それどころでない日

おろ?
外で子供とお母さんの数組みが遊んでいたので温度計をパチッとやったらプラス2度だった。
ああっ、極東にも春?やっと春??

明日はバレンタインデー。
ロシアでも最近はハートマークがいっぱいついた商品がお店にたくさんあるけど
ソ連の頃は誰も知らなかったそうだ。
(ロシアでは恋人同士に限らず親しい間同士でプレゼントを交換する人が多いようです)
オッサンに
「なあ、ロシアのバレンタインって何あげるん?」ときいたら
「贈ったこともないしもらったこともないのでしらん」ということだった。

バレンタインはオッサンにとって「それどころでない日」、
自分の誕生日ナノダ。
なんでそれどころでないのかというと、ロシアでは誕生日の本人がみんなに振る舞わなきゃ
いけないので大忙しで財布も大打撃、「それどころではない」のです。
こっちもそれどころでないわけで、誕生日は職場に振る舞い料理を持っていって
真っ昼間から宴会(仕事中)するので料理に大忙し。
みんなは年に一回“日本人が作った食べ物”を食べるチャンスに期待大なので
他の人のようにうちで漬けた漬物とハムとチーズと、ま、店でなんか買っとくか、
という訳にいかない。
で・も。
今年は土曜日だ、仕事が休みだああぁぁぁぁ〜〜やったー!
と思ったら「月曜日にやる」そうです。
と・いうことは。
明日の誕生日もお祝い料理作って月曜日も料理作ってということデスネ。(脱力)

振る舞い料理には恒例の“日本のポテトサラダ”がある。
日本でポテトサラダときいてイメージする、どっちゅうことないフツーの
イモサラダなんだけど最初持っていった時に大好評で、女性陣が作り方を
教えてくれと言ったのでオッサンに説明した。
次の日オッサンが
「今日サラダの作りかたをみんなに説明したんだけど、途中でそんなメンドクサイなら
もういいわ、って言われちゃった、一年に一回の楽しみにしとく、って」
ありゃ。
そうですか。

ロシアの働く女性のために年に一回サービスさせていただいてます。


<本日の夕ご飯>
スープミルファンティ、カリフラワーのごま和え、白菜の浅漬け、牛肉とキャベツの味噌炒め、カバチョクとブカティーニのトマトソース

2004年2月14日(土) ケーキ無しはヘナヘナ

朝10時、オカーサンから電話。
「誕生日のごちそうを作っちゃったから何も作らずにこっちにきて」

ゆうべ両親は新しいアパートに泊まった。
まだ内装がすんでないので朝こっちに帰ってくるかと思ったけどオカーサンは
新しいキッチンセットの使いこ心地を試したかったらしい。
ああっ、私は何も作らなくていいのね?ほんとにいいのね?
起きたばっかしやのに急に元気になる。
手ぶらという訳にもいかんやろ、というのでコニャックを一本持ってオッサンと出かけた。
もしかして両親がこっそりプレゼントをむこうのアパートに用意しているかもと思って
私もコッソリ日本で買っておいた“トラベルみだしなみセット”を隠し持って行った。

ピカピカのキッチンにはデッカイピローグが2枚、テーブルもきれにセッティングされて
お祝い光線を放っている。
シャンペンで乾杯、ワイン、コニャックと進む・・
お酒が回ってきたオトーサンがヴィアグラのサビを歌いだした。
「あ、オトーサン、ヴィアグラ」
「おお、キレーなねえちゃん達やなっ!」
オトーサンは次々歌う。
オトーサンはシュコーラの頃、学校の授業のあとに音楽学校に行っていて音感がいいし
歌もうまいピアノ少々とバヤンも弾く。(オッサンはもちろん体育会系)
オトーサンはどんどん歌う。
「あ〜グリュコーザ、ファブリカ、ブレスチャーシィエ、ヴァレリア、ジャスミン・・」
「オマエはよう知っとるの〜」 (だって一日中МУЗ ТВ 垂れ流しやも)
「オトーサンこそ、新曲やん」
「ラジオきいとるからな」
「ワタシはほとんどわからない」とオッサン。
「ワタシもぜんぜん知らないわ」とオカーサン。
「おまえたちはボニーMでもきいとけ」
はは。オトーサン・・
でも最後はフィガロ歌ってましたけど。

でもなんか、なにか違和感がある、このテーブルに。
何か足りない感じ、ん?
ケーキがない、ケーキが。
さすがに家族の場合は普通ケーキを本人が買うということはない。
そしたらオカーサンが
「リーザ姉さんからあんたの誕生日にケーキでも買ってあげてって500ルーブル(約2000円弱)お祝いもらったのよ。
でも500ルーブルでケーキなんてもったいないから使わなかったわ、姉さんから何か
言われたらケーキありがとう、って言っといて」
ケーキがどっかに隠してあると思っていたオッサンはヘナヘナ。
それにプレゼントも無しで、私も持ってきたプレゼントを出す事ができなかった。

夕方みんなでこっちの家に帰ってきて軽く夕ご飯。
昼間いなかったのでお祝いの電話がジャンジャカかかってくる。
夜、こっそりオッサンにプレゼントを渡した。
オッサンはもらえると思っていなかったらしくすごくびっくりして喜んだ。
「オトーサンもオカーサンもプレゼントなしやったね」
「ワタシがプレゼントはいらない、って言ったのヨ、今両親はアパートを買って
お金がないから」
そうやったんか。
ともあれ、オッサン、お誕生日おめでとう。

ところでリーザおばさんがお祝いにくれた500ルーブルはどこいったんでしょうねえ、
オカーサン。

<本日の昼ご飯>
パルトゥスのピローグ(25cm)、マリーナとクリジョヴニクのピローグ(25cm)、
ボルシチ、黒パン、生野菜、チョコレート

<本日の夕ご飯>
牛肉とキャベツの中華炒め、ポテトコロッケ、野菜サラダ

2004年2月15日(日) 中華市場に感謝多謝

モスクワのアクアパーク(トランスワール・パーク)で
天井が落ちてお客さんが多数下敷きになる
ひどい事故が起きた。
最初のニュースでは原因がわからないという事だったのでテロかと思ったけど
建設に問題があったらしい。
うちもモスに親戚が数軒あるのでテレビに被害者の問い合わせ先がでたから
「電話してみる?」ときいたけどそんな高級プールに行くようなモンは
誰もおらんと言われマシタ。
ロシアで建物の事故というと老朽化というアタマがあったけど新しい建物でも
つぶれるねんから油断ならんなー
テロ、老朽化事故、手抜事故、それもこわいけど、まあとりあえず毎日轢死体に
ならずに暮らすのが当面の課題。

お昼から轢死体になりそうな市場へ買い出しに行った。
うちは日本でいったら地方都市の周辺にある、道路がやたら広くてパチンコ屋と
ガソリンスタンドはいっぱいあるけど豆腐買うにも車がないと困るような場所なので
食品はだいたい週末に車で市場へ行ってまとめ買いする。

市内の大きい市場の4つから欲しいものに合わせて行くんだけど、
中国人商店がならぶ市内で一番「秤がごまかしてある市場」に行くことが多い。
店の人はロシア語がほとんど話せない人もいるけど心配御無用、
ロシア人の店よりよっぽど買いやすい。
立ち止まった瞬間、
「ん?何がいる?これか、これか?こっちか?
どんだけいる?こんだけか?もっとか?
よしよし、これもか?そうやろ?そうそう、
うまいでー、はい、200ルーブル」
で降参です。
ロシア人が買わない調味料なんかは店に出してないので紙に「甜面醤」とか
書いていって見せると、向いのまかない厨房から持ってきて売ってくれる。
オカーサンは「あんなキタナイ市場は絶対行きたくない」というけど
私にとってなくてはならない場所、
中国人さんありがとう。
今日も轢死体にならずにすんだし。

× × × × × ×

夜、オカーサンが
「いい?私は明日からシュマルコフカ(温泉保養所)行くから。
電話がかかってきたらシュマルコフカに行きましたと言ってね、いいわね?」
「えーオカーサン、シュマルコフカには明日の朝行くの?」
「行かないわよ」
???????????

アカン、アカン、つっこんだらアカン。
明日オッサンが持ってく料理作らなあかんで忙しいねんから
ややこしい事は考えんとこ。

さ・て・と、まずは豚肉でも挽くか。


<本日の買い物>
豚肉肩ロース・800円(1kg480円)
ハム3種類・756円(1kg520円)
キュウリウオ1kg・92円
カレイ1kg・88円
スリフキ・200円
ワイン2本(5g×2)・756円と660円
みかん1kg・112円
リンゴ(ふじ1kg)・100円
粒胡椒2種類・1袋20円×2個
牛ブイヨン一箱36個入り・216円
グレープフルーツジュース・140円
豆腐2丁・80円
卵10個・100円
ねぎ一束・40円
パセリ一束・40円
プチトマト一袋・70円
蠣油醤・120円
酢漬けキャベツ1kg・120円
漬物きゅうり1kg・120円
漬物トマト1kg・120円
塩漬けきのこ1kg・120円
しいたけ、チンゲン菜一束、ほうれん草2束、ねぎ一束、きゅうり3本、
なす2本、サニーレタス1株、ラディッシュ一束で合計800円
韓国風そうざい3種類・120×3種360円
合計5930円

<本日の夕ご飯>
豚汁、豚肉のおろしぽん酢和え、甘エビ刺し身、白菜浅漬け、生野菜

2004年2月16日(月) 祝いは続くよどこまでも

ゆうべは結局2時までキッチンにこもっていた。
朝早く起きてやろうとおもったけど自信がなかったので
ほとんどの事はゆうべすませた。

朝半透明のビニール袋に入った大皿を見てオッサンが
「これはちょっとダメ」
「なんで?」
「部長が昼間っから宴会しなさいって言うわけじゃないヨ」
あ、そうなん?
職場的には推奨してるワケじゃなかったのね。←ちょっとホッとした
黒いビニール袋に入れなおしてオッサン、元気におでかけ。
ああ・・疲れた。
ちょっと寝よ。

×   ×   ×   ×   ×   ×   ×  

オッサンのデスクに日本語の書類があった。
見てみたら
“小渕フェローシップ” ロシア人若手研究者招聘の2004年度実施要項だった。
あーこれねぇ・・・
これは日露青年交流委員会が3ヶ月から1年の予定でロシア人研究者に
日本での研究のための滞在費用や研究費用を出してくれるものだ。
実はオッサンは日本に研修に行っていたとき知り合った教授に
今のところが終わったらうちの研究室で勉強してもいいよ、と言われて
費用をなんとかするために外務省やいろんな機関に支援プログラムがないか
問い合わせたけど、当時はプログラム対象からはずれている分野だったために
やむなく帰国した。
そのうち教授は定年で大学を去り、知り合ったメンバーも次々異動して
残念ながら今はつながりがなくなってしまったんだけども。

ところがついこのあいだ、同業の方から
「あのプログラムは今はどんな分野でも0Kになったんだよ、
うちのモンを行かせたくて準備はじめたけど年齢でひっかかってダメだったので、
そういえばお前は若いし日本語ができたしどうかと思って」
と言って教えてくれたんだそうだ。

私たちはいつか日本で暮らしたいと思っている(いや、私はすぐでも)ので
何かの形で日本に行ける事はその後のチャンスにつながるから
この話はとても大きい意味があるけど、最大の問題は受け入れ大学等を
自分でなんとかせにゃあかんこと。
大学も来いよ〜本人も行きたいよ〜でもお金ないし〜という人を
支援するプログラムなのだ。
「あーあ、もうどこもつながりないし・・」とため息のオッサン。

若干名というせまぁーーーき門なのでライバルは一人でも少ない方がいいねんけど
彼・彼女(又は旦那や奥さん)が日本にこれればいいなあと思っているラブなアナタに
ちっさい声でこっそり教えまショ。
今年の締め切りは3月15日です。
↓日露青年交流事業・若手研究者フェローシップ
http://www.jrex.or.jp/ja/index_ja.html

×   ×   ×   ×   ×   ×   ×  

夕方オッサンは疲れきってお帰り。
「マーボー豆腐がおいしかった。みんなからもありがとうって。ワタシは夕ご飯いらない」
と言って寝てしまった。
あしたマーボー豆腐作ってぇと言った時ははぁ?マーボーとーふぅ?と思ったけど
本人のリクエストなので作ったんですわ。
それにしてもオッサンが夕ご飯も食べずに寝るなんて誕生日とはかくも大変なものなのか。
両親もむこうのアパートにいっちゃったしひとりで簡単夕ご飯した。

ところで今日は北の将軍さまのお誕生日だそうですが
明日は野放しの女王様のお誕生日です。

<振る舞い用に持っていったもの>
麻婆豆腐、揚げ物5種(とんかつ、牛肉チーズ巻、一口カレーコロッケ、芋コロッケ、キュウリウオフライ)
ポテトサラダ、スティック野菜とソース、発酵キャベツ、きゅうり漬け、トマト漬け、きのこと玉ねぎのマリネ、
韓国風そうざい3種、ケーキ、菓子、ワイン2g2本、ウオッカ1本、ジュース1g2本

<本日の夕ご飯>
ふりかけごはん、白菜漬物、キュウリウオのフライ、りんご

2004年2月17日(火) スプートニクの伝説


朝−7度、寒さ緩みましたわ。

朝からジャンジャカお祝いの電話がかかってくるので
「オカーサンはシュマルコフカに行っていません、伝えます、ありがとう」 と答える。
なかには一人で行ったの?とかいつ帰ってくるの?と突っ込んでくる人もいるけど
「そういう時はロシア語が上手に話せません、わかりません、というのよ」
という勅令だったのでそのとおりにする。

オカーサンから
「夕ご飯今日こっちに食べにきて」 と勅令、じゃなかった、電話が入った。
食べにきてとおっしゃっても今日はオカーサンの誕生日、やはり手ぶらで行くわけにはいかんやろ。
とりあえず3品作って持っていくことにするか。

夕方オッサンが帰ってきて
「ケーキ買おうと思ったけど今オカーサンから電話があってお腹がすいたから
早くきて、って言うからすぐ行こう」
というのであわてて出かけた。
またしてもケーキ無しヘナヘナのお誕生日か。
行ってみたらオカーサンは自作の特大はちみつケーキを焼いていた。
あ〜〜ヘナヘナ回避、よかったのー
うーん、オッサンの誕生日の2倍はゴーカなテーブル、
やはり女王様はこうで騎士!!
オト−サンが
「スプートニクに乾杯」 と言ったので人工衛星しか思い浮かばなかった私は
「スプートニクとは伴侶のことだ、ママのことだよ」 と言われてはるか宇宙を回るオカーサンを想像した。
オカーサンは宇宙の女王に格上げかしらん。

お茶の時間になりオカーサンにプレゼントを渡した。
私からは新しいアパートの内装に合わせたタオルセット。
オカーサンの好きな“フックに引っ掛けるループ”は、このあいた来たときにサイズを測っておいて自作でつけた。
オカーサンはどうか知らないが私はあとでオブジェと化すファンタジーより
いい仕事しまっせの使える奴が好きなのでこういうモノを押し付けたんやけど。
ファンタジーはないけど喜ばれたのでまぁ、良シ。

オト−サンとオッサンからはいつものやつだ。
女王の伝説はある年のお誕生日前日に聞いた。

「なー、オカーサンの誕生日プレゼント何にするん?」 と数日前から言っているのに
オト−サンもオッサンもはいはい、とか言ってのらりくらりしている。
前日になっても用意の気配がないので
「なあー、あしたもうオカーサンの誕生日やねんで、何あげるん?
買いに行く時間もうないやん、どうすんの?」 と言ったところオト−サンが

「ヨメよ、これには深いわけがあるのだよ。
私たちは以前ずっと北の方の小さな村に住んでいた。
その村には店が一軒しかなくてママはその店で働いていたんだよ。
結婚して初めてのママの誕生日に私はプレゼントを買おうとその店に行ったのさ、
だってその店しかないんだからね。
お客の行列に並んでいると、ママが気づいて
アンタ、こんなとこに並んでなにやってんの?と言うから
いや、君の誕生日プレゼントを買おうと思って、と言うと、
バッカじゃないの?こんなとこに並んだってまともな物なんか買えるわけないじゃない、
私が倉庫から選ぶからそのお金ちょうだい。と言って私の手からお金を取り上げると
アンタは家帰ってお祝いの準備でもしといて、というので私はそのまま家に帰った。
その時からママの誕生日プレゼントは現金になったんだよ」

オト−サン、その遠い目やめてください、辛すぎます。
オカーサン、元祖「こわいオバハン」だったんですね。
やはり私はくるべくしてここに来てしまったらしい。

そして新しいスプートニクが回る。

<本日のママ献立>
はちみつケーキ、スベクラサラダ、ジムニ−、ジャガイモと鶏の炒めもの、きのこ炒め、
ナワガ(こまい)のムニエル、シャンペン、アルメニアンコニャック、かぼちゃジュース
<差し入れ>
巻寿司、カレイのから揚げ、うずらのスコッチエッグ

2004年2月18日(水) 3年前から血圧が

長いお祝いの旅が終わりました。
・・けどまだ今日もお祝いの電話が次々かかってくる・・・

うちの家族はみんなめんどくさがり屋で“客好きのロシア人”からはずれているかもなあ。
誕生日はたくさんお客さんを呼んでパーティするのが常だけど、
それがメンドクサイのでシュマルコフカに影武者が行ったらしい。
しかも「そんなことに使う金があれば電話でも買う」そうなので
お色直しで振袖も着て、ゴンドラで降りてきて欲しいの、と懇願される事もない。
オッサンによれば
「おめでとうの電話だけならいいんだけど、なんでパーティしないの、
何で私を呼ばないのってうるさくて、挙句の果てにかってに家にきちゃうんだから」
前はそういうこともあったらしいけど。

オカーサンにとって今一番重要な問題は新しいアパートの「電話」だ。
番号をとるのと工事費で89500円もかかるんだから確かに頭が痛いよな〜。
ロシアでは日本のようにいつでも電話を付けれるわけじゃなくて
特に新築アパートの場合、最初に電話を付けたい人を募集する。
その応募人数によって値段も次回の募集があるかないかも決まるらしいけど
そのチャンスを逃したら次はいつ電話がつくかわからないので
みんな少々高くても無理するから電話会社も根拠のアヤシイ金額を提示してくる。
最近両親は新しいアパートに行くことも多くなってきたのでオト−サンにも
とりあえず携帯電話を買ったんですけど・・
オト−サンは発電所の一部署の責任者なので事故などがあったらとんでかなきゃいけないし。
この前冷却水タンクが壊れてあっという間に5トンの水が流れ作業していた人まで
流されちゃったときいたので
「その人、流されて日本まで行っちゃったん?」 と言ったら
「いや、パンパースを交換するくらいですんだよ」
オト−サン、いい味だしてます。
ま、幸い今のところ一度も携帯が鳴ったことがないそうなのでよかったけど、
ちゅうことはオカーサンからも電話がかかってきたことはないようデスネ。

「電話高すぎちゃう?日本なら電話権買ったらどこでも持ってけるけど〜」
 と言ったらオッサンが
「高い高い、っていうけどこれでも安くなったんだよ、このアパートの電話は
1500ドルだったよ、お金がないからワタシのコロナを売ってつけたんだも」 
ええええええええぇぇぇぇぇぇ−−−−−っっ!!!!
「それいつの話?」
「うーん、1995年かな」
ロシア、恐るべし。

×   ×   ×   ×   ×   ×   ×  

テレビを見ていたオッサンが
「このあいだ賄賂でつかまったモスクワの警察署長ねえ、前とはちがう別荘が
こんどはスペインで見つかったんだって。そのとなりはショーン・コネリーの
別荘だそうだヨ」
日本のどこの警察署長がスペインに別荘を持ってるやろうか?え?
あなたはどこに賄賂を払ったことがありますか?という調査で1位は警察、
2位は病院だった。
もお〜暴れるで、ワシ。

そのあと、
「なーアンタの好きなジョン・トラボルタの事やってんで、なんで?」
「今日誕生日なんじゃないの」
「ロシアって今日はだれだれの誕生日です、ってニュース多いなあ、そゆ習慣なん?」
「ソウネー。何歳になったとか、どんな映画に出たとか、病歴とか」

もしかして「経歴」って言いたかった?

<本日の夕ご飯>
豆腐と野菜の味噌汁、ほうれん草のおひたし、辣白菜、きのこ入り鶏肉(Курица с грибами)

2004年2月19日(木) 食べるの話

朝−1℃。
もうすぐ春?・・んなわきゃないやろ。

今、ロシアはマースレニツァ(謝肉祭)なので
「ブリヌィ食べる?」ときいたら
「いや!」と元気に言われてへこみました。
え〜〜?伝統行事はやろうや、ロシアジーン。
こうなったらとことんブリヌィ積み上げてやる、わはははー

マースレニツァとはこれこういうもの↓極東大学函館校さんのお知らせより
http://www.fesu.ac.jp/news/index.html
ブリヌイとはこれこういうもの↓(レシピあり)
http://homepage2.nifty.com/piyooon/cook/cooking.htm

「なんでブリヌィいやなん?」
「あのねえ、昔は冬食べるものがなかったでショ、だから粉と卵を牛乳で
作れるようなものしかなかったの。今はなんでも食べれるんだからわざわざ
ブリヌィを食べる事ないんだヨ」
へ理屈かもやけど、ま、いいか。
うちは↑こういう理由で発酵キャベツ、それにパンも滅多に食べません。
発酵キャベツは冬、野菜がないから作った保存食、
パンは食べ物が貧しい頃のお腹をいっぱいにするためのもの、という理由だそうで。
なにやらとても「食べ物」にトラウマがあるようで・・
でもパンを食べないのは驚きやったなー
うちでパンをしょっちゅう食べるのは私くらい、でもパン、おいしくないんですよ・・
長く持つように水分を少なくしてカッチリ焼き上げてあるから固くてモサモサして。
黒パンも好きやないんですが合わせる料理によってはおいしいです。
街の中心の方にあるパン屋に行けば焼き立てのヨーロッパ風パンを
売っているらしいんですけどこの辺にはないしなあ。
前にオカーサンが見かねて焼いてくれたんですけど、やっぱり・・ははは。
粉のせいなんでしょうかねえ、日本でもパン屋の粉とスーパーで売ってる
粉ではぜんぜん味が違うっていいますもんね。
最初ロシアに旅行で行った時、「何が食べたいですか?」ってきかれて
「皮がパリッとして中がしっとりやわらかいパン」と言ってオッサンを
困らせました。
浦の韓国系高級ホテルで出されたパンを「あぁ〜それ下げないで〜」と
ウエイターさんに懇願したのも確かに私です。
ちなみに私、オーブン料理はほとんどしません、日本でオーブンがなかったから
わからないんです。
特に粉物を発酵させるやつはオタオタです、力いるし、疲れるし。菌生きてるし。
フツーのご飯でも疲れるねんからとんでもないです、でも餃子の皮だけは作るよ〜
(だってないもん)
オカーサンと一緒に料理していて「オーブン何度で何分?」なんて聞こうものなら
「そんなのわかんないわよ、窓から見てわかんなかったら出してみりゃいいのよ」
はあ、なるほど。
一応温度計もついてるんですけどね、適当すぎてあてになりません。
オーブン料理は今後の課題です。

まあ、長くなりましたがそんなわけでうちはパンもイモもなし、
主食というものがありません。
私は韓国製炊飯器があるのでご飯炊きますよ、私だけごはんとおかずです。
この炊飯器はもとからあります、ロシア人は結構米を食べます。が。
妙な匂いとコクがあるごはんやな、と思っていたんですけどお茶漬けしようとしたら
お茶碗に油が浮きましたよ。
あるとき炊き立てのごはんにオカーサンが油を入れて混ぜているのを見てしまいました。
最近オカーサンは食事を作るのを放棄したので油ごはんは無くなりましたから
時々私がバターライスを作っています。

またまた逸れましたが、大人3.5人がおかずだけでお腹いっぱい食べるわけなので
ほとんど毎日、半日以上キッチンに立ってます。
それに半製品がないから何から何まで1から手作りなのでめちゃ時間かかるんですわ。
魚は釣ったまんま、肉は斧でさばいたまんまですし。
日記が食べる話ばっかしなのもそゆ訳です(謎)
一昔前のお母さん達はみんなそうだったんですよね、大変でしたねえ・・・
たまにメンドクサイ時は「ロシア料理」です。
そんで「ええー?!今日はロシア風料理ぃ〜!」とか言われて
「文句いうなあー!!」
何を作っても「おいしい、素晴らしい」というオトーサンが大好きですよ、ええ。

外食もしませんねえ、ヒトの財布以外ではほとんど。
何軒か日本料理店もありますよ、日本人の板さんがいる店もありました。
一番最近できたのは「七人の侍」というこっぱずかしい名前の店かと思いますが
高いので「廃刀令」が出ているもんですから、
しょうがないので明日は“ラスト・サムライ”でも食いに行ってきます。

<本日の夕ご飯>
豆腐の五目スープ、ねぎと鶏の煮物、チンゲン菜のにんにく炒め、白菜と春雨の炒め煮、ねぎサラダ(Салат из лука)

2004年2月20日(金) 女王の受難と侍の受難

朝−1℃、そろそろパッチも出番なしか。

昼ご飯に日本人からオミヤゲにもらったラーメンを食べる。
ラーメンばんざーい!もったいないからひとりの昼ご飯にしか食べません、
わーい、わはははははー(しくしく)
どんぶりは6寸のすり鉢です。
どんぶりは日本から持って行くようにプチプチに包んでずーっと前から
実家においてありますよ、
でもいつも荷物が大量にオーバーするのでそのたびあきらめてバッグから出すんです、
たった一個のどんぶりなんですけどね、まだ日本海を渡るには修行が足りないみたいで。

○ ○ ○ ○ ○

お昼過ぎ、急にオカーサンが帰ってきました。
ん????
車がありません。
「テールランプとドアミラーを盗られたわ」
ありゃりゃりゃりゃーーーーーー!!!!
「店で買い物している2、3分の間にキレーに持ってかれたのよ」
車は壊れてるわけじゃないので走って帰ってきたけど、法律でランプ無しの車は
走ったらあかんことになっているのでガレージに入れてきたとのこと。
フロントのランプ類は固定してたんやけど、後ろは今まで一度も盗られた事が
なかったので油断していた。
ヴァレリを笑っている場合じゃなくなった。
最近またこういう犯罪が増えてきたのか・・・?
今回はプロの仕業だ、多分2人組。
鍵穴はただの丸い穴になってしまっている。
ロシア名物・警報機はけたたましく鳴るけど即バッテリを切って止め、
社内からトランクを開けてテールランプをはずし、ドアミラーも中からはずす。
だいたい1、2分で終了らしい。
車に入れていたバッグやトランク内のカーテレビなんかはぜんぜん手付かずなので
最初からランプとミラー狙いで目を付けられたようだ。
ありふれた出来事なのでサバサバしているけどなんとかしないと
女王様のイスカンダルは走れない。
これを全部浦で調達しようとしたら400ドルは下らないので
「インターネットで日本から探せ」と勅令が下った。
「かしこまりました。でも今日は映画に行くので明日からでもよろしいでしょうか」
「許す」
こんな目にあったのもマースレニツァなのにブリヌィを食べないからかも、と言って
オカーサンはブリヌィを焼きました。
女王様は案外迷信深い、じゃなかった、信心深いようです。
女王様のラスプーチンはオトーサンであることを祈ります。

○ ○ ○ ○ ○

夜、コーナーランプを盗まれたヴァレリ夫妻と
“ラスト・サムライ”(Последний Самурай)を観に行った。
ヴァレリが車のライトを指さして
「これが固定ビス、日本ではないだろ、ははははは」
ふーん、なるほど。
ラスト・サムライは私を連れて来い、というヴァレリの希望で行くことになった。
「サムライが戦う前に叫ぶ言葉を教えてもらってその場面になったらぜひ叫びたい」
そうだけど、「やあやあ我こそは・・」という口上しか思い浮かばない。
ヴァレリが「やあやあ我こそは浦の名医にして海軍将校、チャウチャウの名ブリーダー体重は120キロ、うんぬん」と叫ぶのもどうかと思ったので思い付かない、と言っておいた。

ロシアの映画館はうるさい。(浦だけやろか?)
携帯電話は必ず鳴る。
なぜ笑う?という場面で笑う。
観客が画面にボケる、ツッ込む。
忍びの者が迫ってきたときには「ヤクザがきたよ、ヤクザが」←これはマジかも。
小雪の沐浴シーンでは「みんな、これからが一番いいところ!」
トム・クルーズが小雪の夫を殺した事を謝るシーンでは、
「タイジョブ、ダイジョブ、オマエのチ○○ンの方がおっきいから!」
観客は老サムライ「ボブ」が気に入ったらしく、
「いてまえー!ボブ」「やったぜ、ボブ!」と叫ぶ。
最後にボブが死んだ時はみんなが「あ〜〜〜あ」とため息をついた。
明治天皇を「あ、マツナガさん?マツナガさんか?」と立ち上がる。
それ、誰なんよ・・・

映画は三分の一くらい日本語だったのでわりとよくわかった。
ワーナー製だったけど「間違った漢字」もなかったし。
おもしろくないことはなかったけど、観客の方がおもしろかった。
ヴァレリに、
「カツモト(渡辺謙)はどうして坊主頭なのか」ときかれたので
「彼は前、白血病にかかって抗ガン剤の副作用で髪の毛が抜けちゃったんよ、
元気になったけど今も治療は続いてるんだって」

・・・あれ? そういう質問とちがいましたっけ?


※ラスト・サムライを観ていない方はきっとつまらないのですいません(汗)
老サムライ・ボブ:福本清三 、 明治天皇:中村七之助

<本日の夕ご飯>
グリーンカールのサラダ、焼カバチョク、ほうれん草のナムル、厚揚げの豆板醤煮、
キャベツと豚肉の味噌炒め、ブリヌィ

2004年2月21日(土) あなたの腕も確認して下さい

今日は風が強かったな〜。

オークションでテールランプとドアミラーを探した。
あるわ、あるわ、とりあえず一件入札した。
ほんまに、持ってくる手段さえあれば小銭は稼げると思う。

△ △ △ △ △

オッサンが街の方に出かけるけど一緒に行くか?と言うのでついて行った。
Морской Вокзал「海の駅」は鉄道の駅と繋がっている港のターミナル。
周辺の島へのフェリーはもとより、日本からの客船もここに着きます。
あなたが乗った船もここきっとここに着きました。

駅ビルにはいろんなお店があってお目当ては電気屋。
カーテレビのアンテナを買うつもりらしい。
うーん、家電がたくさんあるけど日本より高い気がするなあ、
加湿器はやっぱしないな。
店のオネイチャンはカウンターに座ってジュースを飲んでいる。
オッサンがアンテナがないか聞くと、「ない」と言うけど、
ガラスケースの中に確かにあるような・・・帰ろうとするオッサンに
「なあ、これアンテナちゃうん?」と指差すと、
「あー、これこれ」と言ってオネイチャンに「これ、アンテナですか?」と言っている。
オッサン、オッサン、どうみても目的のアンテナなのにその遠慮がちの態度はなんや。
「見ますかあ?」というネエチャンに、
「見ますかやないやろ、恥じを知れ、恥じを、コラ」と笑って日本語で言ってみた。
オッサンお買い上げ。

△ △ △ △ △

「まだ時間早いし、市場でもいこか」というので帰りに市場に寄った。
薬箱にするプラスチックのケースがほしかったので中国人の雑貨屋に行く。
日本なら100円ショップにわんさかあるようなケースが一個400円。
ため息が出たが悩んでも仕方ないのでお買い上げ。
なぜか今日はどこの魚屋にも「刺し身用 甘えび 船上凍結 要冷凍保管」
と書いてある甘えびの箱が並んでいる。
「国境警備員はよく仕事したなー密猟者をたくさん捕まえたね」
とオッサン。(真偽の程は定かでないです)
一箱1キロでMサイズ720円、2Lサイズ800円、安いですか?
2LとMを一箱ずつ買った。
こっちではブラックタイガーも車えびも伊勢エビ(買わんが)もないので
大きめの甘えびは使い勝手があるしオッサンも大好物。
市場を三個所まわって夕方おそく帰った。

帰りにアメ横で買ったオッサンの腕時計の磁石が壊れた。
「あーあ、日本行ってなおしてもらうわけにもいかんしなあ」という私に
「何言ってる?日本製、スイス製の腕時計はモスクワの大学の寮で中国人が
作ってるんだからロシアで直せるヨ」
・・・・脱力。
当局によればその利益は一回の送金で2万ドル以上、月3回以上送金していたそうだ。

あなたの日本製腕時計も「モスクワの大学寮製」とちゃいますか?

<本日の買い物>
牛乳2g・152円
スメタナ・120円
ジュース2本・224円
卵10個・96円
ケチャップ2個・76円
パン粉・80円
かにパン2個・96円
甘えび2L1kg・800円
甘えびM1kg・720円
コーン油・148円
大豆油5g・700円
きゅうり3本・132円
マッシュルーム500g・200円
大根・160円
さくろ1kg・400円
マンダリン1kg・88円
発酵キャベツ600g・120円
水5g×3本・180円
ゴム手袋2枚・1枚80円×2
プラスチックケース・400円

<本日の夕ご飯>
甘えび刺し身、発酵キャベツ、かにパン、卵かけごはん、ざくろ、マンダリン

2004年2月22日(日) 大大ケッコウコケコッコー

ロシアはきのう(土)から明日まで三連休。
明日の月曜日は「祖国防衛者の日」で2002年からは祝日になりました。
祖国を防衛する人に感謝する日=男性の日ということで男性にプレゼントをするんですけど
バレンタインデーよりもこの日が日本のバレンタインに近いでしょうかねえ。
休日で会社が休みなので金曜日のうちにオッサンは職場からプレゼントを
もらってきましたよ、NIVEAのシャンプーやローションのセットです。

ところでロシアにきて「へー」と思ったことがあるんですが。
いろんなお祝いにプレゼントをあげる場合、同居の身内同士(夫婦や親子)の場合は
高価なものをやりとりするのは微妙なものがあるということ。
前にも触れたけれど夫婦、親子のサイフはかなり曖昧なので高いプレゼントをもらうことは
逆に自分のお金が減るという意識があるみたいです。
奥さんがヘソクリをやりくりして・・なんてことはツーヨーしません、
ヘソクリなら最後までヘソクリにしておかないとえらい事になったりします(ホンマか?)
逆にいえばサイフが別の結婚してない彼氏(彼女)やじじばば、おばちゃんやおじちゃん、
ヨメ(ムコ)の実家などからは豪勢に頂いて大大ケッコウ、コケコッコーです。

ソ連時代は学生の分際で結婚して親と同居、親に生活費を丸抱えしてもらって
就職してからも30代くらいまで親が援助するという事はフツーだったそうで、
今でも結構ききます、そういう話。
だから親子のサイフが曖昧なのも伝統なんでしょうかねえ・・
ソ連が崩壊してからは親の方がビンボーになって逆転している傾向もあるようですが。
「結婚しているのに親から援助してもらっていたら日本じゃちょっと恥ずかしいけど」
と言ったら
「ロシアでは逆にそれはいばっていいヨ、親が金持ちなのはいいこと!」
あのな、日本かて親が金持ちなんは大大ケッコウじゃ!
でもいばらんでええって。コソコソしとけや、と思う。

ま、そういう訳で何かのお祝いのたびにプレゼントはどうするこうすると聞く私に対して
「別にいいんだヨー」←だってワタシのサイフだもーんという意味か。
オトーサンに「明日男性の日だけど何が欲しい?」と聞いたら
「明日からベリーキー・ポストВеликий пост(大斎)に入るから肉じゃない料理を
作ってくれ、おいしい魚の料理がいいなあ」
と言ったので“うちにある材料”でおいしい何かをプレゼントすることにしました。
やっぱオトーサン、大好き〜
うちは正教徒といえない家庭やけどオトーサンはこれからパスハ(イースター・復活祭4月11日)までの40日間は水曜と金曜は肉を食べない宣言しました。
うーん、去年もなんか言っていたような気がするけど。
でも食べていたような気がするけど。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

夕方お腹が痛くなったので薬を飲んで休んでからやっとやっとでご飯作りました。
夜、テールランプ落札、4000円也。

<本日の買い物・スーパー>
ピロシキ4個・108円
バトン(パン)・32円
かにパン・46円
玉ねぎ6個・55円
牛乳1g・102円
ジュース・208円
マスタード・20円
チリソース・52円
チーズ・180円
きゅうりピクルス・152円
ヨーグルト・64円

<本日の夕ご飯>
ビーフストロガノフ、野菜サラダ

2004年2月23日(月) 男性の日に水の愚痴

今日は祖国防衛者の日。
オトーサンには何かうまいものでOKをもらったけど
オッサンには・・・うーん、背中でも掻いとくか。
オッサンは背中を掻いてもらうのが大好き、
スパシーバ、の次に覚えたロシア語は
“オッサンは背中を掻いてもらうのが好き”

昼から水が出なくなったので不便だから両親は向こうのアパートへ
行きたいというので送って行った。

浦の水不足は日本のテレビでもやるらしくて、そのたび大丈夫ですか?と
心配していただくけどもう半年以上続いている。
去年の8月くらいからだんだんヤバくなってきて10月には深刻化した。
浦は山からすぐ海になっていて大きな川がないため水不足はずっと以前からの
問題だったそうだ。
ソ連時代に水がたくさんある近郊の水源からパイプラインを作りはじめたけど
ソ連御破算とともに水も御破算になった。
ロシアでは水と湯は配管がちがうので別々に止まるという事がおこる。
市内の地域によって程度の差はあるけどうちは10月までは水は出たけど湯は時々止まり、
11月には完全に湯が止まって大晦日まで出なかった。
その間、水も時々止まった。
お正月から今度は逆に湯が毎日出るようになって水が昼12時から夕方6時くらいまで
止まるようになった。
今は湯はずっと出ているけど水はやはり昼間止まる。
しかも止まる時間が毎日微妙に違うので家事も油断できない。
こんな乾燥しているのに湯も水もなしじゃ火事もこわいといつも思うけど・・

両親の新しいアパートは水は出るけど湯はずっと止まったまま。
ホテルや高級アパートでは自前のボイラーを持っているので水だけあれば
湯が使えるようだ。
一般のアパートでは風呂場に電気湯沸かしの簡易シャワーをつけたり
バケツに水を汲んで電極棒をつっこんで湯をわかして使っていることが多いけど
年末に電気使用量が跳ね上がってたびたび停電したのでやむをえず湯を出すことに
したとうハナシもある。
実は水はそれほど不足していないというハナシもある。
モスクワから金を引き出すためにおおげさに見せているという事らしいけど
モスクワはきっぱり「金はださん」と言ったので、
ここひとつ、開き直って盛大に水を出して頂きたい。

もともと水質が悪い浦だけど、水不足になって更に悪くなった。
水道水はうっすらキーロ、湯はきっぱり茶色。
特に湯はすごい臭いがする。
流しが詰まって、S字パイプをはずした時のような臭いというか、
温泉の硫黄臭みたいというか・・・
オッサンによれば「サビを水に溶かすとこういう臭い」らしいけど
日本人にはほとんど想像できなかもしれない。
正月に日本に帰って最初にお風呂からあがったとき、二人とも
「湯が臭くないねえ!うれしい!」と言ったデス。

うちは前、飲み水は水道水を浄水機を通して使っていた。
テレビの料理番組でもしっかり映っているやつだ。
でも最近その水でも完全に透明にならず、しかも下にうっすら茶色い
粉のようなものが溜まるようになったので仕方ないから水を買うようになった。
このあいだとうとう浦の大学の寮で水の保管が悪く食中毒が出て
たくさんの生徒が入院する事件が起きたけど・・・

でも慣れとはこわいもので、クサイ湯にむりやり浴剤を入れて浴剤の匂いだけを
かぎ分ける鼻になったし、うっすらキーロの水をむこうが透けて見えるから
透明、と考える心の広さが養われたし。
やっぱ人生、ポジティブ・シンキングやな。
そのうち「語り本」でも書くかな。

□ □ □ □ □

オカーサンから
「今日は新しいアパートでご飯食べよう」と電話が入ったので
魚介のパエリヤを炊いて持っていった。
オトーサンがたいそう喜んでくれたので大満足。
ごはんのあと オッサンのTシャツに手を入れて背中を掻いていたら
オトーサンが「何をしてる?」と言うので
「プレゼントに背中を掻いてる」と言うと
「そう、豚はみんな背中を掻いてもらうのが好き!」と言いました。

<本日の夕ご飯>
パエリア、ピロシキ、じゃがいものヴァレニキ、かにカマのサラダ、生野菜

2004年2月24日(火) 強制的有休

朝 0℃、昼からは雪、ケッコウ降りました。

オッサンが仕事から帰ってきていきなり
「3月の2週目から一ヶ月休暇だから」
は?なんやそれ?
そんなこと急に言われても今年のグッチのクルーズラインはなんも買ってないしぃ〜
ラスベガスのホテルも予約してないしぃ〜(一生言っとけやー)

そんな長い休暇をこんなぎりぎりに言うなんてと言ったけど、
「だって今日決まったんやも」
「そんでどうするつもり?」 ←休みなのに責め口調
「うん、用事がない日は仕事いくヨ」 ←ちょっとほっとする
「休まなあかんのに行っていいわけ?」←ダメ押し
「え?夏の休暇とかでもネ、一回も仕事行かずにずっと休んでるのワタシだけヨ」
「えー!そうやったん?知らんかったー」

オッサンの職場では最近、みんなだだんだん有休をとらなくなってきて
とうとう今日、お上から指導が入ったそうだ。
そんで部長があわてて強制的有休スケジュールをきってみんなに割り当てたという訳。
有休といっても基本給はごくわずかで、ほとんどやればやっただけの歩合みたいな
商売なので用事もないのに休んでいるより仕事にきた方がずっといい訳だ。
行けば仕事はないわけじゃないので夏休みや冬休みもみんな一日おきとか
半日とか仕事にきているらしい。
オッサンも毎日3時間くらは残業して日銭を稼いでいる。
昼ご飯も食べる時間がとれずに毎日昼抜きなのでちょっと心配。
前は弁当をもたせていたんだけど、メンバーの誰もそういう習慣がなくて昼ご飯を
食べないので気兼ねするからもういらない、と言って今は持っていってない。
でも弁当を持たせたときは逆に2週間で4キロ痩せたんですわ、
やっぱり昼抜きじゃお腹すくからその辺にあるチョコとか菓子とかつまみながら
仕事するらしいのでそういうのをやめて日本風弁当でまかなっとけば痩せる、
ってことかな?

それにしても3月なんていう半端な時期に休みでも困るなぁ。
天気の悪い6月とか7月にしてほしかったよ、
そんでユーロカップにポルトガル行くねんー(言うだけ)
どっか行くにしてもロシアはまだ寒いし日本は高いし。
中国でも行くかなーハイナン島なんてどうや?
向こう岸ベトナムやんけ、ぬくいで〜、ところで金あるんか?

そんなのんきな事言ってるあいだにプーチンは内閣を解散していたのでした。
大統領選挙は3月14日です。

<本日の夕ご飯>
ねぎと牛肉のスープ煮、カレイの煮付け、きゅうりうおの酢漬けから揚げ、野菜サラダ、なすのチーズ焼

2004年2月25日(水) 塀の中塀の外

今日は風がすごく強かった。
夜でも−8℃なのでそんなに寒いことはないけど体感気温は −15℃くらいかも。
道路が凍って夕方のラッシュ時に大渋滞になり、いつも6時に帰ってくる
オトーサンが9時に帰ってきた。
平らなところは海だけ、と言われる浦は道路が凍ると交通がマヒする。
昼間気温が上がって雪が溶け、夕方また凍るこれくらいの時期が要注意だ。

× × × × ×

オッサンの友達、インナから電話がかかってきた。
インナの話はこうだ。
インナの友達から電話があって、旦那が仕事で日本に行っているんだけど
少し前から連絡がとれなくなってしまったので心配になった友達は思い切って
日本の仕事先に電話してみたそうだ。
でもこっちはロシア語しか話せないし向こうも日本語しか話せないので
さっぱり事情がわからなかったらしい。
インナは日本に留学していたのでその友達はインナから日本に電話して
事情をきいてもらえないかと連絡してきたそうだけど、インナはもう
すっかり日本語を忘れてしまってとても詳しい話をきけるような状態じゃないので
オッサンに、私に替わって電話してもらえないか、ということだった。

いろんなやりとりのあと、オッサンは日本語でどこかに電話していたが
早々に切って、インナにまた電話した様子。

「たいへん。彼は刑務所にぶちこまれちゃった」
ありゃま〜〜〜。
でも、・・・ありがち。
「で、どうしたん?」
「これ以上詳しく事情をきいて欲しいなら電話局か彼女の家から
電話するんじゃないと困ると言っといた」
「なんで?電話代高いから?」
「そんな事じゃなくて、日本の電話にはかけてきた人の電話番号が出るし、
残るじゃん、警察に調べられた時ここの番号がわかって関係ないのに
いろいろ調べられるのいやだも」
ふーーん。
そゆのを“痛くない腹を探られる”というのだ、とついでに日本語のお勉強。
きっと日本の警察ならロシアみたいにややこしくないけどと思ったが
言わずにおいた。

× × × × ×

おととしの夏、ドイツのボーデン湖近郊で高校生や小中学生の団体が乗ったロシアの
バシキール航空機とDHLの輸送機が空中衝突した事故を覚えているでしょうか。
子供達は選抜試験をパスした特典で、2週間の休暇旅行でバルセロナのユネスコ
フェスティバルに行く途中でした。
ロシア側はスイス・ドイツの管制官の人為的ミスを主張し、スイス・ドイツは
ロシア機パイロットの人為ミスを主張していましたがその後の調査で
スイス管制会社側がだんだん不利になっていました。
その管制官がスイスでナイフで刺されて死亡したんです。

「乗っていた子供達は特別学校の生徒で親はバシキールの大統領府、閣僚
という子もたくさんいたから」
真相はわかりませんがそんな事を言われて
「あー、なるほど」と思ってしまう、ここはロシアという国です。

<本日の夕ご飯>
紫キャベツと豚肉の味噌炒め、キュウリウオのフライ、ナスのアラビアータ、きゅうりのスメタナ和え、レタスのサラダ

2004年2月26日(木) 金と水の秤

世界最長の大陸横断道路が開通した。
その距離約1万キロ、2008年までに全アスファルト舗装する予定だそうだ。
最後の工事区間がチタ=ハバロ間だったので記念祝典の為にプーチンがハバロに来た。
「ハバロまできたんなら浦にも寄れや〜」という私に
「いま浦に来たら水、水と言われるから絶対来ない」と言われた。

ところが今日プーチンは沿海州知事に水の供給計画を提出せよと言ったので
「わーい!ばんざーい!」と喜ぶ私。反して家族は「あ〜〜あ」とため息。
「これでまた水が遠のいた」
「なんで?」
「モスクワが金くれそうなのに水出すわけないじゃん!」
あ、そうか。(しおしお)

△ △ △ △ △

マケドニアの大統領の乗った飛行機が墜落した。
詳しいことはまだわからないという。
13日にカタールでチェチェンの元大統領代行が暗殺された事件で
3人のロシア人が逮捕されたけどイワノフ外相代行が釈放要求。

テレビにヤバいかっこうのオネイチャンがいっぱい映っているけど・・
浦のプレイクラブで手入れがあったらしい。
「オネイチャンは叱られてすぐ帰れるけどママさんは5年くらい刑務所かも」
ママさん?
ああいうのはママさんというんか?
ちゅうか、どこでそゆ言葉覚えるかなァ・・
ああ、置き屋の「おかあさん」=「ママさん」かあ。 ←ちゃうやろ。

△ △ △ △ △

オトーサンが仕事の帰りに道端で釣り人が魚を売っていたといって
ズバッカを買ってきた。
ズバッカというのはこの辺でキュウリウオと同じ種類の大きめ(15〜25cm)
の魚のこと。
この辺の人はキュウリウオとズバッカの区別はすごく曖昧です。
日本語では何と言うんだろう・・北海道ではキュウリウオは売っている
そうだけどズバッカはどうやろ。
うーん、辞書には“オオカミウオ”と載っているけどオオカミウオとは
似ても似付かぬ美女ですねえ、大きいワカサギというかんじかな。
味もキュウリウオとそっくり、おいしですよ。
干し魚にして食べたいというので背開きして塩水に漬けておきました。
今、物干しにずらっとぶら下げたとこです。

ズバッカ12匹・400円

<本日の夕ご飯>
チンゲン菜と春雨のスープ、鶏肉のきのこソース、カリフラワーのイタリアンサラダ、マカロニのほうれん草とカバチョク和え

2004年2月27日(金) 気合だよ、気合

朝−10℃。
結構寒かったけど昼は暖かくなったのでバルコニーの窓を開けていた。
あー、海はまだ凍ってるなぁ・・砕氷船が行く・・・

去年は凍った海に穴を開けて魚釣りしたなぁ
オトーサンに今年も行こうと言ったら「魚がいないからつまらない」と
言われてしまって行ってない。
もうすぐシーズンも終わりに近づく。
オトーサンによれば最近だんだん魚が釣れなくなってきているそうだ。

氷海釣りはおもしろいですよ、
釣れるのはキュウリウオ、ズバッカ、ナワガ(こまい)それから傘みたいな
専用の網で釣るカレイなんかです。
みんないろんなとこで釣ってますけど去年うちが行ったところは湾の向こう側、
海岸から5キロくらい海の上を走っていくとなんか黒いかたまりが見えてくるんです。
「何?あれ何?」 近づいてみると車の群れ。
まるで海の上の“中古車市場” ←しかも日本車
10時頃から夕方5時まで釣って釣果はたった5匹やったです。
釣れる釣れないは場所も大きいです。
バカスカ釣っている人もいてるんですよ、
でもそういう人は絶対そこを動きませんからなかなかオイシイめには逢えません。

すごい人なんですけど女性はほとんどおりません。
昼過ぎ、だんだん冷えてきてその訳がわかりました。
だってなんも遮るものがない海の上ですよ、
・・・・パンパースでもして行きます?

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

オッサンがケーブルみたいなもんを持って帰ってきた。
「明日休みだから今夜テレビのアンテナを分岐する」んだそうです。
「だから早くご飯食べなくちゃ」 はい、はい。

オッサンはご飯を食べるのが早い。
それに食べた回数だけウ○コする。
「ワタシは食べたら出すヨ!」といつも偉そうに言う。
「早メシ早グソ、ゲーノージン、ってネ!」
はあ・・なるほど、売れっ子なんや。
・・・それを言うなら「芸のうち」じゃ!
「芸をする人がゲーノージンでショ?芸能人でいいじゃん」
「そ、そやな。」

こんなロシアジンのおっさんに論破されてどうするっ!
がんばれ日本人!
自分に気合いだよ、気合いっ!

<本日の夕ご飯>
きのこと野菜のスパケティ、手羽先とじゃがいもの豆板醤炒め、野菜サラダ
干ズバッカ

2004年2月28日(土) 植える男

麻原彰晃 の死刑判決のニュースはこっちでもやりました。
オウムがロシアで熱心に布教活動していたのはご存知の通り。
ショーコー・アサハラダンスをロシアのテレビで見るのも不思議な感じです。
サリンは7万ドルでロシアの‘誰か’がオウムに売りました。
日本ではこの事件があるまでほとんどの人がサリンなんて
知らなかったんとちがいますか?
私も知りませんでした。
でもロシアでは高校生以上なら誰でも知っています、
学校の軍事訓練授業で化学兵器について習うので、オッサンもサリンの
状態、アンプル検査の反応、解毒剤についてそらで言いました。

この判決は思わぬところにも影響しました。
今日のモスクワのぴえるばや会議(単なる飲み会?)が延期って〜?
そりゃえらいこっちゃ。

× × × × ×

さっきオッサンが部屋のすみにしゃがんでいたので、あっ!と思って
行ってみたら黒いかたまりが。
うあ! サリンガスより強烈なオッサンの漬物靴下!
「コラー!また靴下植えたな!!」
「ごめんなさぁーい」
「こんなとこに靴下植えても新しいの生えてこんから」
「はい」

大概の奇行には慣れたんですけど、どうしても理解できない行動なんですけど。
なんでこう、ぽん、と置くんやのうてぎゅぎゅっとするかなー
ちゅうかTシャツは洗濯機に入れるのにどうして靴下だけ植えるかなー
オカーサンは時々フォークでさしてオッサンの頭に乗せてます。

<本日の夕ご飯>
玉ねぎと鶏の蒸し焼き、ジムニー、焼カバチョク、野菜サラダ、干ズバッカ、
干鮭、チーズ、りんご

2004年2月29日(日) 王様ゲーム

待望の女王様のテールランプがきたので今日はオッサンとオトーサンと
二人で取り付けをはじめたけど、
色気出してうちのモデルより新しいモデルのランプを買ったら、
形は合うけどガード部分の色が合わずに塗装するハメになりました。
しかもきれいに塗装できずに今、バルコニーにほかしてあります。
うちのモデルとぴったしのやつもあったのにわざわざこれがいいって。
どうすんねん・・

○ ○ ○ ○ ○

きのう、夜中にテレビで “バトルロワイアルT”をやっていたのでついうっかり
観てしまったら夢見が悪かったー。
(ちなみにロシアのタイトルは“王様ゲーム”)
今日は“戦場のピアニスト”をやっていたのでまた観てしまった。
どっちを観ても、「芸が身を助けるほどの不幸かな」やな。
私ならすぐ死ぬやろな〜と思った。
やっぱ芸があるもんが勝ちや、ピアノがうまいとか鎌を上手に振り回すとか
早メシ早グソとか「運がいい」とか。
芸が身を助けなくても生きていけるのは平和なんやな〜
もうあしたから3月やん。

<本日の夕ご飯>
カレイの煮付、カレイの塩焼、カリフラワーのサラダ、ベネグレット、
カバチョクのペースト缶(Кабачковая икра)←ソ連の貧乏チャンの食べ物と家族は言う。


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