2012年のこと
毎年、暮れにはこの1年のことを振り返ります。今年はあまり大きな出来事はなかったけれども、こうして見ると日々、様々なことをしてきたと思います。
今年印象に残った出来事と言えば、9月にあったロシア正教会最高指導者・キリル総主教の来函でしょう。日本に正教を広めた聖ニコライ永眠100年の記念式典と、東日本大震災で甚大な被害を受けた東北地方で祈祷を捧げるための来日でした。函館に滞在したのはわずか4時間ほどでしたが、聖ニコライの足跡をたどるという意味で、総主教はクラスノヤルスクから専用機でまず函館に入り、それから東京へと向かいました。私たちは信徒ではありませんが、ロシア語を学ぶ者として特別に函館ハリストス正教会の中に入れていただき、祈祷の場に立ち会うことができました。とても荘厳な空間でしたが、人々が平和と家族の無事を祈る気持ちは、聖ニコライが来日し祈りを捧げた150年以上前と同じでしょう。
当日のハリストス正教会には総主教がここにいることを示す緑色の旗が、日ロ両国旗とともに掲げられていました。後ろに見えるのはフランス人司祭が開いた元町カトリック教会、その向こうに函館の街が広がっています。極東大学のあるここ元町には、ロシア、フランス、アメリカ、イギリスの教会、そして日本の寺院がひしめいています。このように宗派が違う教会が並びあっている場所は、世界的にもめずらしいのだそうですが、この辺りは江戸時代の開港の時からそういう場所なのです。
もう一つ、今年の出来事で思い出すのは、「森は海の恋人運動で知られる畠山重篤さんをお招きして、講演会を開いたことです。市内各団体のご協力を仰ぎながら、7月のロシアまつりの時に開催することができました。
気仙沼市でカキの養殖を生業としながら20年以上も前から、森や海の環境保全に取り組んでいる畠山さん。東日本大震災で養殖場は壊滅的な被害を受け、身内を失いながらも再び立ち上がり、精力的に養殖の仕事も「森は海の恋人運動」も進めておられます。
どうして極東大学が畠山さんのようなすごい方を呼ぶことができたのか?とよく聞かれましたが、畠山さんの書いた児童書「カキじいさんとしげぼう」のロシア語版を作る際の翻訳を、本校のグラチェンコフ・アンドレイ教授が担当したご縁で、と答えてきました。ではなぜ、翻訳の依頼がうちに来たのか、と問われれば、ご本人は照れるかと思い、あまり公にしませんでしたが、重篤さんの弟・重人さんが今年3月に函館校のロシア語科を卒業した学生だったからです。定年退職後に函館で一人暮らしをしながら立派に勉学に励まれ、若い学生たちや教職員からも慕われました。仙台に戻った今も、ロシア語の勉強を続けているそうです。
講演会には大変な反響がありました。世界中の人々に森や海の大切さ、循環の仕組みを知ってもらいたいという畠山さんのわかりやすく愛のあるお話、そして恐ろしい震災の現実も冷静に受け止め、ひょうひょうと語られる姿に会場はすっかり魅了され、終了後に行った著書の販売は急遽サイン会となり、行列ができました。
本当は講演会までにロシア語版が完成するといいな、と思っていたのですが、当日には間に合いませんでした。編集作業の遅れと、畠山さんがフランスを訪れることになり、先にフランス語版を作ることにしたため、と聞いています。畠山さんの養殖場と「森は海の恋人運動」は、かのルイ・ヴィトン社の支援を受けており、「カキじいさんとしげぼう」の各国語版の出版に関してもその援助がされています。「カキじいさん―」は未来をになう子どもたちに読んでもらうために、これからも韓国語やポルトガル語など、さまざまな国の言葉に翻訳される予定だそうです。
ところで、遅れていた「カキじいさんとしげぼう」のロシア語版、“Дед Устрица и Сигэбо” がようやく完成し、私たちの手元に届きました。ちょっと遅いクリスマスプレゼントのようで、とても大切な贈り物となりました。今までに日本語・英語・フランス語版が出版されていますが、手にしたロシア語版はキリル文字のせいか、とても重厚な感じがする、素敵な仕上がりとなりました。文字の持つ力でしょう。日本の海につながるアムール川流域の、そしてロシア全土の子どもたちにもこのメッセージが届くように、というのが畠山さんの願いです。
こういう活動を見ていると、日ごろは日本がどうとか、ロシアがどうだとか言ってはいますが、海や空に目に見える線が引いてある訳でもなく、狭い地球、どこもつながっているのだとつくづく感じます。
極東大学もまだまだいろいろな可能性がある大学にすべく、みなさまのご協力をいただきながら日々の仕事を積み重ねていきたいと思います。来年もどうぞよろしくお願いします。