一般向け文化講座「はこだてベリョースカクラブ」の今年度第5回目の講話内容です。
テーマ:「この夏のモスクワの森林火災について」
講 師:イリイン・ロマン(本校講師)
この夏のヨーロッパの森林火災は、いろいろな意味で“ホット”ニュースとなりました。モスクワは過去に体験したことのない猛暑で、人間や動物、農作物にも被害を与えました。ロシアではエアコンは普及していません。冬は集中暖房があり、夏は暑くないので、今までは必要ありませんでした。
7月には140年の観測史上初めて、38.2℃を記録しました。昨年までのモスクワの7月平均気温の倍になりました。1月の平均気温は-7.5℃、過去最低気温は-42℃ですから、この暑さは記録的です。暑さのためにお年寄りは心筋梗塞や高血圧で亡くなりました。誰も想像していない、慣れていないことが起こりました。唯一良かったこと、それは人々が冷房を求めて映画館が2倍近い人でいっぱいになったことです。
モスクワには一軒家がありません。集合住宅ばかりで、コンクリートやレンガ造りです。寒いときは暖かいけれど、暑いときは本当に暑い。窓を開けるしかない。ところがモスクワ近郊は泥炭地帯が多く、泥炭火災が多く発生したため、スモッグで窓も開けられない状況になりました。
エリツィン時代から18年間もモスクワ市長だったルシコフは、この時オーストリアに避暑に出かけていて、何も対処しませんでした。市民が怒りの声を上げましたが、今年までは批判は少なかったのです。
メドベージェフ大統領は市長を更迭する書類にサインし、ルシコフは8月に解任されました。大統領の信頼を失ったからです。モスクワは交通渋滞などさまざまな問題を抱えています。また、ルシコフ市長の夫人は、世界で最も裕福な女性の一人です。蓄財が問題になりました。彼女は建設会社のオーナーですから、モスクワで何かを建設するとき、市長は自分の妻の会社に依頼していました。
9月にはモスクワのテレビでも問題になり、市長を批判する番組が次々作られ、メドベージェフ大統領とルシコフは全面的に対決しましたが、モスクワ市議会は新しい市長を承認しました。
ロシアは泥炭が多く、泥炭の下では常に火がくすぶっている状況です。落雷、タバコの不始末などで、3万件の火災が起こりました。焼けた面積は100万ヘクタール、これはオランダとベルギーを合わせた面積と同じです。60人が死亡し、2万5千軒の住宅が焼失しました。
ロシアでは以前まで、日本で言う営林局のような、国の森林管理部というものが大きな権力を持っていました。森林は非常に大事なものと考えられています。石油・石炭などの化石燃料はいずれ枯渇しますが、森林は再生するからです。森林管理人という専門職がおり、大学には森林管理科という学科もあります。森林管理人が、常に森を見回って発火しないように処理していました。森で焚火やバーベキューをする人を監視し、常に火災を予防していました。
2007年に森林法が改正され、この仕事は国から民間業者に譲渡されました。森は国有林ですが、ピョートル大帝の時代から300年続いた森林管理人の仕事はなくなりました。以前は7万人いた管理人も、4分の1になりました。小さな火災を見回る人がいなくなり、大きな火災が発生しました。この法改正は明らかに失敗でした。
モスクワの田舎はほとんどが木造住宅で、すぐに燃えてしまいます。田舎には消防車がありません。街から消防車が来るまでの間、住民は自分の力で消火するしかありません。木造住宅は燃えてしまい、レンガ造りのペチカだけが焼け残っています。軍は、焼け跡の片付けには協力しますが、消火はしません。
住宅が全焼した市民は今、国から与えられた新しい住宅に暮らしていますので、むしろ中途半端に住宅が焼けた人々からうらやましがられています。
猛暑のせいで木が乾燥し、火災が起こりやすかったのも一つの原因ですが、この夏のモスクワの森林火災は明らかに政治の問題です。森林法を元に戻すことは検討されていますが、それにはまだまだ時間がかかるでしょう。