元町で、フランスとロシアが出会う夜
ロシア極東国立総合大学函館校がある、ここ元町には、様々な国の宗教がひしめいている。東本願寺函館別院(日本)、函館ハリストス正教会(ロシア)、函館元町カトリック教会(フランス)、函館聖ヨハネ教会(イギリス)、日本キリスト教団函館教会(アメリカ)……。函館・元町出身の文芸評論家、亀井勝一郎(1907-1966)は、この状況を「世界中の宗教が私の家を中心に集まっていたようなもの」と表現している。この狭い地域に、このようにたくさんの宗教が集まっているというのは、世界的にも稀なことなのだそうだ。
おもしろい話を聞いたことがある。これらの寺院は、ほぼ隣り合っていながら、祈る方向がまったく異なるのだ。東本願寺は南側にあるご本尊に向かって祈る。ハリストス正教会は東にあるイコノスタスに向かう。カトリックは西に向かい、ヨハネは北を向き祈る、といった具合だ。
函館開港150年に沸いた今年、フランスと縁の深い函館元町カトリック教会もまた、150年を祝った。ロシアゆかりの函館ハリストス正教会も開港前年の1858年、ロシア領事館付属の聖堂として、その歴史をスタートさせている。
夜になると本校からは、ライトアップされた、この美しい二つの教会の姿を眺めることができる。本校が現在使用している建物は、元々は函館白百合学園高校が使用していたものであり、八幡坂を挟んだ向かい側には、その母体となったシャルトル聖パウロ修道会が現在も活動を続けている。フランスとロシアが歴史的に深い関わりがあることは知られているが、ここ元町で今もまた、二つの国が向かい合っているのだ。
このたび、本校講堂を会場に、パリ国立高等音楽院を卒業後、函館を拠点に活躍する気鋭のピアニスト、髙実希子さんのコンサート「ロマンチック・ナイト~フランス、ロシアからショパンへ~」を開催することとなった。第1部はラフマニノフ、プロコフィエフなどロシアの作曲家の作品を、第2部ではショパンの作品を披露していただく予定になっている。講堂のグランドピアノは、2年前に市民の方から寄贈されたもので、このピアノがついに、ピアニストの手によって力強く奏でられる時を迎える。
今回、このコンサートのポスターは、実希子さんの言葉にヒントを得て、フランスとロシアの国旗をモチーフに作成した。出来上がったポスターを見て彼女は、ショパンの母国・ポーランドの白赤、そして日の丸の色もこの中には入っていると言った。
祈りの方向は異なるかも知れないが、世界と人々の平和を願う気持ち、そして芸術を愛する心は、同じくひとつなのだ。フランスとロシアが出会う函館・元町の空気、そして可憐さと力強さを合わせ持つ実希子さんの素晴らしい演奏に、多くのみなさまに触れていただきたいと強く思う。