月のきれいな夜でした・・・
ウラジオストク寮生活にも慣れてきたかな・・・と思い始めたころ、突然の停電。寮内廊下に悲鳴と走り回る足音と、外に飛び出した人々の怒声(私の部屋は玄関の上で外の話声が聞こえたのです)。ですが、それも停電が長引くにつれ笑い声が聞こえ、外ではギターを弾きだす人も現れて、楽しげな歌声に変わりました。人間って状況変化に慣れるのが早いんだ・・と考えてた一夜でした。
函館から乗車9時間JRで新潟。一泊。新潟空港より1時間30分でウラジオ空港着。学生寮泊。初日はレベルチェックテストがあり、この結果でクラス分けとのことでしたが、我々極東大3年生7名は一緒のクラスでした(後に全員一緒になった)。これでは毎日函館校で授業を受けているのとほぼ同じ状況です。私は、ウラジオストク留学に来ているのですから、ここでしか体験できない授業を受けたい。特に母国語の異なる学生たちにどのような語学指導をしているのか体験したい、とお願いしてクラスを変更して頂きました。
新しいクラスメイトの出身地は、北京、ソウル、釜山、北朝鮮、関西と様々。そして北海道出身の私。国籍も母国語も違う8名がロシア語を勉強するという国際的なクラスでした。授業は当然、ロシア人の先生によるロシア語。授業中の解らない単語を同母国語の生徒が教えあい、「ロシア語だけ!」と何度も先生が注意します。逆に、単語を辞書で引いた学生に対し、同母国語の学生に正しい意味かと確認することなどありました。文法や会話をそれぞれの学生に尋ねて、「私たちは露・韓・中・日、おまけの英語で5ヶ国語を学べるとても贅沢なクラスです!」と笑いが絶えず、とても楽しいクラスでした。
先生は単語や文法表現が解らない学生に対し、ひとつの言葉を別の易しい単語で言い換え、文法表現を何度も板書で繰り返し、その豊かな表現力と演技力で状況再現をしながら、身体全体で授業を展開していました。このクラスで過ごせた期間は、私の人生の貴重な体験です。
授業以外では、ロシア学生と映画を見に行ったり、寮内で中国学生と夕食のレシピ交換をしたり、韓国学生と辞書片手にロシア語を駆使して部屋でTVを見ながらおしゃべりしたり(英語はあまり勉強していないそうです)、行き逢った公園で遊ぶ子供たちの仲間に入れてもらい、暗くなるまで遊んで,文字通りの実用会話と発音練習をされたり(子供たちの発音練習は先生以上に厳しかった・・・)。
日常生活物資の買い物にはよく中央市場に足を運びました。売り子さんたちが少々怖そうでしたが、私の注文品と量り売りの量を丁寧に聞いてくれます。自分のロシア語が現地で通じる、とちょっと嬉しくなりましたが、数詞表現が苦手な私は何度も聞き直されてしまい、実用会話の勉強になりました(どうして300が500に聞こえるのでしょうか?)。
ともあれ、初めてのロシア、ウラジオ三ヶ月の寮生活。どうなることやら皆目見当が付かないまま留学生活が始まりました。そして、現地では早々に体調を崩して寝込んでしまいましたし、風邪引いて熱っぽい日々が続くなか、停電、断水。それでも何とかなるものです。人間って、状況変化になれるのは早いものなのですから。後輩諸君、大丈夫、なんとかなりますよ!
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