月別過去の記事

2020年11月04日

2020年オリジナルカレンダー 11月は??

<11月>サンクトペテルブルク エルミタージュ美術館
 世界文化遺産にも登録されている、ロシアの国立美術館です。この豪華な建物はもともと、帝政時代の冬宮として建てられました。十月革命ののち美術館として利用され、300万点とも言われる数の絵画・美術品が所蔵されています。
 私はこの美術館を訪れた際、あまりにも館内が広すぎて迷ってしまい、もと来た入り口を探すのに苦労したことを覚えています。また、この日の滞在時間が3〜4時間に限られていたため、急ぎつつ館内を見て回りました。
 再訪できる機会があれば、数日に分けてじっくりと見てみたいものです。
 

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2020年11月02日

ロシアの記念碑を見て、ロシアの文化を勉強しましょう

一般向け文化講座「はこだてベリョースカクラブ」の今年度第2回目の講話内容です。
テーマ:「ロシアの記念碑を見て、ロシアの文化を勉強しましょう」
講 師:イリイン・ロマン(准教授)

 今回は、イリイン・ロマン准教授が、「ロシアの記念碑を見て、ロシアの文化を勉強しましょう」というタイトルのとおり、ロシア国内にある石像や銅像などの記念碑に焦点を当て、写真や映像を見せながらお話ししました。
 
 例えば、ロシアで使われているキリル文字の「Ё」とだけ書かれた記念碑(ウリヤノフスク市)があるのですが、これは文字としては比較的新しい文字で、使用頻度が低く、もっと注目してあげましょうという意味で作られたそうです。
 もう一つ例をあげると、天使が浣腸を抱えた像(スタヴロポリ地方)があるのですが、これは療養所の前に設置されており、昔ながらの治療法を讃えている像です。
 ほかにも、電柱の像や水道管の像、寓話を元にしたカラスとキツネの像など、一風変わった、一見何のための記念碑なのか分からないものを今回は紹介しました。
 ちなみに2020年夏にモスクワに新しくできた像は、配達人の像だそうです。これはこの新型コロナウイルスで外出禁止になった時、活躍してくれた感謝の気持ちから作られたそうです。
 今は渡航できませんが、ロシアを訪れた際、街の中にある記念碑に注目するのも楽しいかもしれませんね。
 

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2020年10月15日

避難訓練を行いました

 10月13日(火)、ロシア極東大学函館校と北海道国際交流センターが合同で避難訓練を行いました。
 毎年5月に行いますが、今年は新型コロナウイルスで休校中だったため、この日の実施となりました。
 地震が起きた後、学生食堂の厨房から出火という想定で授業中の教室から駐車場へ避難しました。消防署の方から水の入った消火器で使い方も教わりました。
 

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2020年10月13日

初めての露和辞典を作った男、ゴンザ

 般向け文化講座「はこだてベリョースカクラブ」の今年度第1回目の講話内容です。
テーマ:「初めての露和辞典を作った男、ゴンザ」
講 師:鳥飼 やよい(准教授)
 
 皆さんは、これらの言葉がどんな意味か分かりますか?
 「①イロファ」「②シャミセン」「③ニョボモツ」「④アワモリ」
 これらの意味は、①アルファベット、②バラライカ、③嫁をもらう、④ウォッカです。わかりやすいものを紹介しましたが、本日お話しするロシア語辞書は、その訳語の日本語のほとんどが薩摩の方言で書かれているのです。一体なぜこうした辞書ができたのか、誰のための辞書だったのか説明します。
 1728年の11月のはじめ、薩摩のある港から17名と物資を乗せた「若潮丸(早行丸)」が出港しましたが、北西の季節風に乗って船は難破。6カ月の漂流を経て、カムチャツカ半島のロパトカ岬付近に漂着しました。この船に父が操舵手の10歳のゴンザが乗っていました。
 この時代、漂流は珍しくなく、漂流の約250件のうち48件は薩摩からのもので、薩摩は「漂流大国」であったようです。そしてロシアへの漂流は13件。うち送還されたものは3件。全てが冬の北西の季節風による太平洋岸での遭難というパターンでした。
 さて、彼らがロパトカ岬付近に漂着したところ、そこを船で通りかかったコサックらに遭遇し、略奪と襲撃に合い、乗組員17名中15名は殺され、ゴンザと35歳の商人ソウザの2名が生き残りました。当時、カムチャツカあたりのコサックは外国人を見たら殺害したというのです。この度の略奪の首謀者は後の調査で絞首刑に処されました。
 一方、当時、東進政策を進めていた帝政ロシアは、東方への関心、オホーツクからカムチャツカへの航路の開発、日本との通商にあたり日本語通訳の必要性があった等の政治的判断により、日本からの漂流民は首都に送るようにとの達しが出ました。
 ゴンザとソウザは、サンクトペテルブルクに連行され、アンナ・ヨアノブナ女帝に謁見しました。ゴンザは15歳になっていました。
 実はゴンザはこのサンクトペテルブルクに到着するまでの間にロシア語で日常会話はできるようになっていました。反対にソウザはロシア語があまり分かっていなかったようです。しかし、ソウザという大人の日本人がいることで、ゴンザは日本語を忘れませんでした。ソウザはその為に生かされていたのでしょう。役人たちは、彼らをロシア科学アカデミーに通わせ、本格的にロシア語を学ばせました。しかし、ゴンザ18歳の時、寝食を共にしてきたソウザが病死します。ゴンザはどんな気持ちで勉強を続けたのでしょう。ゴンザはその後、1736年に訳1万2000語を収録した「新スラブ・日本語辞典」を完成させました。
 この辞書には、ソウザの存在が色濃く反映されています。幼かったゴンザが知らなかったであろう言葉が、きっとソウザとの生活の中で日本語の語彙を増やしたのだと考えられます。
 ゴンザは生涯のうちに辞書を含む6冊の著作を成しました。ロシアで日本語を学ぶ人たちがこれらの辞書や本を使いました。
そして1739年、ゴンザは21歳の若さで亡くなりました。しかしゴンザの死後、彼の教え子は日本探検隊の通訳として参加をしました。辞書のほかにも元々の政治的な役割も彼は全うしたのです。
 ただ当時ロシアの誤算は、日本に方言があったことです。ロシアには方言がほとんど無いため、漂流民の話す日本語は共通の日本語と思ったのでしょう。薩摩弁の面白い辞書ができました。
 この辞書の言葉から、現在残る鹿児島方言と比較検討を重ね、ゴンザの出身地は「いちき串木野市」の「羽島」に絞れるのではないかとした研究グループがあります。特定が難しいのは、廃仏毀釈が行われた薩摩において、過去帳など庶民の個人情報を記した歴史資料がほとんど存在しないため、出身地が確定できないからです。
 ゴンザという名前も本当かわかりません。ただ彼が生きた証は、この現代に残る辞書なのです。
 

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2020年10月09日

ミリオン・ズビョースト 第105号

 函館校の学報であり、函館日ロ親善協会の会報であるミリオン・ズビョースト/百万の星 第105号を函館校のページに掲載しました。

 今回の巻頭言は、デルカーチ・フョードル副校長による「そんなこともできるの?」です。YOUTUBEへの動画投稿を始めて9年が経ち、動画制作の苦労話、裏話?を語っています。

 また、今号は卒業論文アーカイブ作業を行った学生の投稿のほか、学校紹介ビデオ作製に参加した学生からの投稿もあります。どちらの作業も夏休み中に新型コロナウイルス感染症の影響で帰省をしなかった学生を中心に行ったものです。
 そのほか、大渡涼子事務局長より「極東大学のコロナ対策」についても報告があります。是非ご一読ください。

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2020年オリジナルカレンダー 10月は??

<10月>モスクワ川
 インターンシップ最終日に教会前の橋から撮影したモスクワ川です。この写真を撮影した時は、12月ということもあり、川の大半は凍っていました。また、夕陽が川に差し込み夕方のように思われるかもしれませんが、時刻は昼の1時頃です。モスクワの冬は正午を過ぎれば日が沈み始め、日照時間が非常に短いです。
 写真の左側に見える像は、ピョートル大帝の像です。モスクワの都市850周年記念に合わせて建設されたものです。その大きさもさることながら、船が幾重にも重なっている造りが面白いです。
 橋からの景観はもちろんのこと、川の水面と氷面に反射した陽光が非常に美しく思い出の場所です。
 

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2020年09月11日

卒業論文アーカイブ完成!

 学生有志が夏休みを利用して、8月19日から始めた開校以来の卒業論文を整理する卒業論文アーカイブ作業が9月4日に完成しました!
 延べ36人の学生が12日間、11時から15時まで黙々と作業をした結果です。4年制の卒業論文だけでなく、2年制の卒業レポートや在学生の学年レポートなども、集められる限り、きれいに整理しました。
 ロシア語でタイトルを打ち込んだり、学生名簿を切り貼りしたり、内容を読んで200字程度に要約するなどは学生にとってはお手の物ですが、ラベルシールの作り方や電動ホッチキスなど道具の使い方も覚え、事務処理能力も身に着けたようです。
 これで過去の論文はいつでもすぐに探すことができるようになりました。休み中にも関わらず、地道な作業をしてくれた学生たちに感謝です。
 
 

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