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2018年01月09日

2018年極東大学オリジナルカレンダー好評発売中!

С Новым годом(新年おめでとうございます)!
今年も「極東の窓」をよろしくお願いいたします。

 「2018年 極東大学オリジナルカレンダー」は、おかげさまで好評発売中です。購入方法についての詳細はホームページをご覧ください。

 今年も毎月の写真について、この場で解説をしていきたいと思います。

<1月>聖イサアク大聖堂(サンクトペテルブルク)

 世界最大級の教会建築である聖イサアク大聖堂は、内部にもとても大きな空間が広がっています。壁にはロシア正教特有のイコノスタス(聖障)、天井にもきらびやかな装飾が施され、大理石や孔雀石でできた大きな円柱がいくつも並んでいるのがとても印象的です。
 一年の幕開けにふさわしい、豪華な一枚です。

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2017年12月26日

2017年の終わりに

 いつも「極東の窓」をご覧いただき、ありがとうございます。
 今年も一年分の投稿を読み返すと、いろいろなことに挑戦してきたことを思い出します。
 昨年初めて作成したオリジナルカレンダーは300部印刷し、ほぼ完売となりました。毎月使用した写真について、どこの場所をどういう状況で撮影したかを解説していきました。カレンダーでは伝えきれなかったロシアの魅力を補足できれば、との思いです。
 また、昨年夏に私が訪れた際の「ペテルブルク・モスクワ訪問記」は7回にわたり連載しました。楽しかった旅の思い出とともに、今後訪れる方に何か役立つことがあれば、との気持ちです。

 さて、今年は函館市とウラジオストク市が姉妹都市提携を結んで25周年という記念すべき年でした。そこで極東大学函館校・函館日ロ親善協会・ロシア語市民講座受講生など計10名からなる「2017ウラジオストクの旅」訪問団を結成し、夏に旅行したことはとても印象深いことでした。とにかく楽しいことばかりで、大成功。このページでも現在訪問記を連載中で、年明けからも続けていきたいと思っております。
 
 7月には思いがけず、政府の日露青年交流事業「エカテリンブルグ国際青年キャンプ」に函館校から6名の学生が参加させていただきました。日本から16名、ロシアから20名の学生たちがウラル山脈でキャンプや互いの文化交流をするほか、ロシア最大の産業見本市イノプロムを見学する機会も与えられました。イノプロムは今年、日本がパートナーカントリーであったことから、日本から168社もの企業・団体が出展しました。私たちがJTインターンシップで研修先としてご協力いただく企業も参加していたため、学生にとっても励みとなりました。さらに日本からほかに参加した大阪大学や東京外国語大学など同じロシア語を学ぶ学生たちとの交流も、とても刺激になったようです。

 それから2週間後、同じ日露青年交流事業で今度はウラジオストクの極東大学本学からハンドボールチームが函館へ親善試合のため、やってきました。函館大学、函館市高校選抜、函館大学付属有斗高校と3試合をこなし、私たちも迫力あるハンドボールの試合を間近で見ることができました。ロシア人選手たちは日本人よりも平均身長が20センチほども高く、試合になるともの凄いスピードでコートを走り回るのですが、函館校を訪問した折、学生同士で会話しているのをみると、みんな普通の若者で車好き、ウラジオでは日本車に乗っているけれど日本に来るのは初めてで、車の部品を買うのを楽しみにしていました。
 ハンドボール関係者を集めて行われた歓迎レセプションでは、エカテリンブルグに派遣された函館校の6名の学生が補助通訳を務め、函館大学の学生との間に入って一役買いました。

 また、一昨年の全道ロシア語弁論大会で2位に入賞したロシア地域学科4年の金子智昭さんは、副賞としてサハリン州政府から招待され、ユジノサハリンスクを訪れました。その時の様子は本欄に寄稿してもらいましたが、今年はリベンジしたいと挑戦した弁論大会で今度は見事優勝、またしてもユジノサハリンスクへの招待を受けることになりました。
昨年、オリジナルカレンダーを作った時には「来年は学生が撮影した写真も入れて作ろう」と心に決めていたので、金子さんにはユジノでヨールカ(モミの木)の写真を撮って来てもらい、それが来年12月のカレンダーになりました。カレンダーはおかげさまで評判もよく、今年は400部に数を増やして作成しております。事務局にて販売中のほか、来る2月10日(土)の第20回はこだてロシアまつりでも販売し、収益は学生の活動費に当てさせていただきますのでどうぞご利用ください。

 さあ、そのロシアまつりですが今回のテーマはズバリ「二十歳(ハタチ)」。冬を送り春を呼ぶおまつりマースレニッツァには欠かせない冬の女神・モレーナ(体長2メートルのワラ人形)が青い振袖を着て、太陽がタキシードを着ているポスターデザインは学生が手がけました。おめでたい20周年のために特別なプログラムも用意しています。函館校自治会公認ゆるキャラ「スーシキン」とはいったい何者なのか、を知るための「スーシキンショー」や過去のまつりグッズなどを大放出するお楽しみ大抽選会、さらには先着100名様にオリジナルスイーツを感謝の気持ちを込めて贈呈いたします。ロシアらしい記念のお菓子が作れないか試行錯誤の結果、市内の老舗パン屋さんのご協力のもと、どこにもないスイーツができ上がりました。こちらは当日キオスクにて販売もいたしますので、どうぞお楽しみに。

 来年も函館校の学生たちがそれぞれの得意分野を活かして活躍し、ロシアへ、そして世界へと飛び出していくことを祈ります。そんな学生たちの姿は、またこのブログで紹介していきたいと思いますので、来年もどうぞご覧ください。よいお年を!

ロシア極東連邦総合大学函館校 事務局 大 渡 涼 子


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2017年12月06日

2017ウラジオストクの旅 3

 <2日目 午後>

 

 ウラジオストクの駅前では民族衣装を着た女性が観光客との撮影に応じたり、州政府の政策に反対するデモが行われたりとにぎやかである。

 

 駅舎の中を見学する。待合室はそんなに広くはないが、天井にはウラジオストクの名所と、モスクワのワシリー寺院やボリショイ劇場などの有名な建物が反対称に描かれていて、ここからシベリア鉄道でモスクワまで鉄路がつながっていることを象徴している。ロマンを感じる、とても好きな光景だ。
 
 駅から中央広場に向かうと、週末だけの市場が開かれていた。ここでみんなとは解散して、それぞれに好きな方向へと進んだ。ドライフルーツや新鮮な野菜果物、魚まで売られている。日よけのテントがあるとはいえ、冷蔵設備もないまま並べられたこの魚は大丈夫なのか?とても生きが悪そうだ。

 
 沿海地方のハチミツはとても有名で、種類も豊富。特にлипа(リーパ=菩提樹)の花のハチミツは香りもよく、クリーミーでおいしい。市場では量り売りで買うことができ、値段も安いので、おみやげに最適であるが、重たいので帰りにもう一度寄ることにする。
 アレウツカヤ通りのカフェでランチをしてから、ドム・クニーギ(本屋)で本や文房具を買った。ニコライ2世凱旋門や潜水艦C-56博物館など海岸線を通って再び市場に戻り、先ほどのハチミツを購入。のどが渇いたのでクワス(黒パンを発酵させて作る微炭酸の飲み物)を買うことにする。
 実は私は夏の盛りにロシアに来るのは初めてのため、タンク車のクワスを買うのはあこがれであった。クワスは夏の飲み物でペットボトルや缶入りも売られているが、このほうがおもしろそうだ。
コップに2杯ください、と言ったつもりだったが、おじさんはおもむろに1リットルの瓶を取りだし、タンクから注いで行く!これが2本も来たら大変だ。やっぱり1本でいい、と断り、その瓶を持ち帰った。クワスは甘くておいしいのだが、やはり1リットルは多く、帰国前日まで部屋の冷蔵庫にあった。

 
 ホテルで一休みしたら、本日のメインイベント、マリインスキー沿海州劇場でのバレエ鑑賞に出かける。ここは2016年に、かの有名なサンクトペテルブルクにあるマリインスキー劇場の分館としてオープンした。ちょうどこの時、ロシアが誇る世界的指揮者ワレリー・ゲルギエフが芸術監督を務める国際極東祭が約1ヵ月にわたり開催中で、私たちは全員でバレエ「ジゼル」を観劇するのだ。
ホテルでタクシーを3台手配してもらい、黄金橋を渡って劇場に向かう。バスでも行けるようだが、街中をぐるぐる回るため時間がかかるのと、帰りの時間にはもうバスがないとの情報だったため、行きのタクシーに帰りも迎えに来てくれるよう頼んだ。タクシーは約束通りボンネットに「ヴェルサイユ」と書いた紙を掲げて迎えに来てくれた。

 
 チケットは函館にいる時から買ってあった。マリインスキー劇場のホームページからクレジットカード決済で買うことができるのだ。ロシア人の先生方に手伝ってもらい、座席も指定して10人全員が一列に並ぶ席を取っていた。値段は席にもよるが一人2,000ルーブルほどなので、日本よりずっとお手頃に楽しめる。

 日本でプリントアウトした、4人分がA4サイズの紙1枚におさまったチケットで本当に入場できるのか、実は少々不安であったが、そのまま窓口に出すと「切れ」とハサミを渡されたので、チョキチョキ切って各々に渡し、難なく入場することができた。

 

 劇場は新しく、とてもきれいであった。開演まで時間があったので、ホワイエ横のカフェスペースでシャンパンなどを飲み、 “ロシアの劇場でバレエ鑑賞”という雰囲気を存分に味わった。

 
 
 中に入ると大ホールは思ったほど大きくはなかったが、お客は満員であった。この日のソリストは中国遼寧バレエ団のバレリーナのためか、観客も中国人と思われるアジア系が目立った。バレエの出来を語れるほど詳しくはないが、手足の長いロシア人バレリーナたちを大勢従え、可憐な村娘を演じる中国人ソリストは見事であったし、他の踊り手たちも素晴らしい技巧で何度も何度も拍手が起きた。
 国際極東祭は今年2回目だそうで、ウラジオ市内でもたくさん看板を見かけた。プログラムにはゲルギエフが指揮をするオーケストラやオペラもあり、演奏者は中国・韓国・台湾のほか日本からもピアニストの辻井伸行氏が参加していたようだ。これもプーチン政権が極東開発に力を入れていることの一端であろう。

 
 劇場から出るとすっかり日も暮れ、今度はライトアップされた黄金橋を渡り、ホテルまで戻った。夕食をとり損ねたので、ホテルの向かいにあるお店でプロフ(炊き込みご飯)とビネグレット(ビーツのサラダ)を買い、部屋で食べた。

 
 
 今日も満足の一日であった。(つづく)

 

ロシア極東連邦総合大学函館校 事務局 大 渡 涼 子

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2017年12月01日

2017年極東大学オリジナルカレンダー 12月は?

<12月>モスクワ

 モスクワのイメージをギュッと詰め込んだ1枚です。左上から時計回りに、ボリショイ劇場→クレムリンのスパスカヤ塔→赤の広場のプリャーニキ屋台→毛皮の帽子を売る移動販売車→地下鉄パルチザンスカヤ駅のパルチザン像→ヴェルニサージュ市場の民族衣装店にあったココーシニク(頭飾り)→同じくヴェルニサージュ市場のマトリョーシカの数々。

 ボリショイ劇場は言わずと知れたバレエ・オペラの殿堂。スパスカヤ塔はクレムリンの中でも一番有名な塔で、大晦日にこの時計の針が午前0時を指すとモスクワでは盛大に花火が上がり、人々はシャンパンで乾杯します。
 プリャーニキはロシアの焼菓子で形も風味も様々種類がありますが、ここに並んでいるのはプレゼント用でアイシングが施され、「誕生日おめでとう!」などのメッセージが書かれています。
 毛皮の帽子の移動販売車は広げた扉をたたむとワゴン車になるもので、人目を引きます。マトリョーシカはかわいらしい女の子のスタンダードなものからプーチン大統領を始めとする各国首脳、有名スポーツ選手、アニメキャラクターなど様々なものが並びます。

 この1年間、みなさまには2017極東大学オリジナルカレンダーをお楽しみいただけましたでしょうか?大変好評だったため、現在2018年のカレンダーを作製中です。12月中旬からの販売(1部500円)を予定しております。販売開始の際はホームページでご案内しますので、ぜひお買い求めください!

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2017年11月30日

2017ウラジオストクの旅 2

 <2日目 午前>
 ホテルヴェルサイユの朝食は8時から10時までの間、2階のレストランで自由にとることができる。食券もなければチェックする係員もいない。女の人がたまに食べ物を補充しにくる程度だ。メニューはアラディ(ロシアのパンケーキ)やカーシャ(オートミール)、パンのほか、チーズやハム、サラダ、飲み物など毎日変わり映えしないけれど、別にそれで十分だ。それよりも朝ここに来れば、必ず仲間の誰かがいてゆったりとお茶を飲んでいる、そんな安心感がある。私たちのほかには、日本人や欧米人のお客がちらほらいる。

 

 この日は夕方まで自由行動の予定であったが、ほぼ全員で街歩きをすることになった。天気は快晴。私たちは2011年に日本・ウラジオストク協会が発行した「浦潮日本人街散策マップ」を手に、ホテルからスポーツ湾のほうへ下りてナーベレジナヤ(海岸通り)を歩いた。
 バルコニーのように海に張り出したロトンダからはスポーツ湾を一望することができる。この下の海岸に沿う石垣は、かつて日本人抑留者が積み上げたものだという。今は観光名所になっているが、そんな悲しい歴史もある。
 そしてこのロトンダは2014年公開の映画「ホテルビーナス」のロケ地にもなった。日本人俳優たちがすべて韓国語のセリフをしゃべり、ウラジオストクで撮影した無国籍感漂う不思議な映画なので、機会があれば見てほしい。最後のクレジットには協力のところで“Far Eastern National University(当時の極東国立総合大学)”の名前も出てくる。

 

 それからまた地図を片手に、今度はアルセーニエフの家記念館を目指した。アルセーニエフは黒澤明の映画「デルス・ウザーラ」で知られている極東地方の探検家であり、彼が晩年を過ごした家が記念館になっている。

 

 レンガ造りの二階家の前にはアルセーニエフの胸像がある。案内のおばちゃんが3人ほどいて、入口で一人150ルーブル払うと、「ロシア語がわかるのは誰?」と聞かれたので、全員わかるから問題ない、と軽く嘘をついて、ロシア語で説明してもらった。私たちが質問もしながら熱心に聞くものだからおばちゃん(ちゃんとした学芸員さんだと思うが)は探検の道具から家族の遺品まで丁寧に説明してくれて、アルセーニエフが実際に旅で使った組み立て式のベッドも広げて見せてくれた。

 

 調査に使った道具が飾られる中に、ナナイ人の案内人デルスの写真もあった。映画の俳優マキシム・ムンズクはデルスに本当によく似ている。実はこの俳優の孫が以前極東大学で日本語を勉強しており、2010年に函館校に留学したことがあるのだ。当時その事実を知り、私たちは興奮した。「え、デルス(役)の孫!」、それでより一層デルスに親しみを覚えたのだ。
 小さな記念館だが、アルセーニエフの足跡がわかるとてもよい展示であった。
 
 

 そこから細い路地を抜けて、ウラジオストク駅の方へと向かう。鬱蒼と緑が生い茂り、洗濯物が干されるなど、裏道には人々の生活の営みが感じられる。

 道端ではおばあちゃんが果物やお花を広げて売っていた。(つづく)

               

ロシア極東連邦総合大学函館校 事務局 大 渡 涼 子


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2017年11月28日

ロシアのクリスマス

一般向け文化講座「はこだてベリョースカクラブ」の今年度6回目の講話内容です。

テーマ:ロシアのクリスマス
講 師:パドスシーヌィ・ワレリー(本校教授)

 今日はロシアのクリスマスと新年の伝統的な祝い方についてお話します。
 しかし、その前にロシアのクリスマスの歴史についてお話しましょう。

 「クリスマス」は、英語の「キリストのミサ」という言葉が短くなったものです。ロシア語で「クリスマス」を意味する「Рождество Христово(ロジュデストボ・フリスボ)」は、フランス語の「ノエル」に近く、神の子イエス・キリストがこの世にあらわれたことを祝う日を意味します。
 キリストの正確な誕生の日付は分かっていません。しかし、キリスト教会が4世紀にグレゴリオ暦を用いた、現在の12月25日にお祝いをすると制定しました。ロシアではユリウス暦を使うことから、グレゴリオ暦から13日遅れで1月7日に祝うことになりました。

 では、なぜこの日をそもそもクリスマスと制定したのでしょうか。理由はいくつかあります。
 1つ目の理由は、もともと12月25日は古代ローマで冬至を祝う日だったことが関係しています。1年で1番日が短い日ですが、言いかえるとこの日を境に日が長くなるので、キリストと太陽を同一視していた信者たちは、他でもないこの日を誕生日としたのです。2つ目に、12月25日は受胎告知からちょうど9か月目にあたる日だからです。日本でいう妊娠期間の十月十日のように、古くからヨーロッパでは9カ月が妊娠期間の目安とされてきました。さらに、キリスト教発生前の何世紀にもわたって、古代ローマとヨーロッパ全体では、この冬至の時期に新年を迎えるお祝いをしていました。多くの歴史学者がこの習わしをキリスト教は引き継いだのだと考えています。
 このキリスト教がロシアに入ったのは10世紀の終わりころ、今から千年前のことです。このことから古代ルーシの伝統とキリスト教の伝統の混合が起こりました。キリスト教が広まった現代にも古代ルーシの伝統は生き続けています。それは、古代ルーシでは太陽の誕生日(コリャーダ)の時期に人々は様々なコスチュームを着て集落内で家を訪ね歩き、歌を歌ったり、踊ったり、歴史やおとぎ話を語ると言うものです。

 17世紀末にロシアの生活様式が大きく変わりました。1699年12月20日にピョートル大帝が勅令を出し、「すべてのキリスト教信者の規範にならう」ということでキリストの誕生に始まる年表が使われることになりました。それまでロシアでは新年を9月1日に祝っていましたが、1月1日に新年が制定されました。これによって1月7日のクリスマスも新年の行事となったのです。
 19世紀後半にはキリストの誕生と新年を祝うために、建物はモミの木で飾られる習慣が一般家庭でも行われるようになりました。
 さらに同じ頃から、子どものための伝統行事も生まれました。これはお祝いの会場に飾り付けをして立てられるモミの木にちなみ「クリスマスのヨルカ」と呼ばれます。お祝いの終わりに子どもたちは、おもちゃや果物やお菓子などのプレゼントをもらう行事です。こうしてクリスマスは国中でお祝いする大切な祝日となりました。

 その後、10月革命が起こり、新年のお祝いが廃止されました。正教会の信者たちはお祝いを続けましたが、それは宗教的な性質のものに限定され、広く祝われるものではなくなり、子どものための「クリスマスのヨルカ」も同じく廃止されました。それから、革命後の約20年間はクリスマスも新年もなく、普通の日として過ごしました。

 1937年にスターリンが政令を発表し、モスクワでソ連になって初めての新年が祝われました。この時、ツリーの天辺には伝統的な銀色の星の代わりに、赤い共産党の星が飾られました。
こうして新年は、ソ連風の祝日として生まれ変わりました。伝統的なクリスマスの習慣(モミの木、お祝いの御馳走、子どものための行事とプレゼント)とソ連風の新年の恒例行事(赤い星のモミの木、政府指導者による新年の挨拶)が混ぜ合わさったものができたのです。

 更に同じころから、子どものための新年のヨルカのお祝いが開催され始めました。この行事を取り仕切って子どもたちを楽しませたのは二人のお伽噺の登場人物、「デッド・マロース」と「スネグーロチカ」でした。
 デッド・マロースの外見は西欧のサンタクロースを思わせます。しかし、起源は全く違います。サンタクロースはキリスト教の聖ニコラスで、4世紀のギリシャの聖人です。デッド・マロースの原型は寒さを支配する冬の神様です。デッド・マロースは、孫娘のスネグーロチカを伴います。ソ連時代には、それに加えて赤い毛皮のコートと赤い帽子をかぶった「ノービーゴッド」という少年も一緒に現れました。彼は新年のカードにイラストによく描かれましたが、今は人気が無くなり忘れ去られた存在となりました。

 ご存知のように、ソ連は無宗教の国家でした。クリスマスの行事や伝統は次第に新年のお祝いに持ち込まれ、時代の流れと共に新年が一年で最も重要な祝日となったのです。


 ソ連が崩壊したあと、新しい政府はロシアの宗教を取り戻すべく多くの取組を行いました。2005年には新年(1月1日)とクリスマス(1月7日)の間の3日、4日、5日も祝日としました。今では1月8日までが新年の休日となっています。

 ロシア人にとってクリスマスは様々な時代の変動を受けていますが、どんな形であれ、どの時代の人にとっても大切なものには変わりなかったので、今に続いています。

 最後にロシアでクリスマスを祝う様子の写真を見て終わりましょう。

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2017年11月02日

平成29年度「書評という仕事」講演会のご案内

 函館校も加盟しているキャンパス・コンソーシアム函館の図書館連携プロジェクトチーム・ライブラリーリンクでは、昨年度に続いて「本のこれからを考える」をキーワードに講演会を開催します。
 書評や評論など幅広いジャンルで執筆活動を続ける札幌大学名誉教授 鷲田小彌太氏を講師にお招きし、「書評という仕事」をテーマでお話しいただきます。書評は本と読者をつなぐ大切な仕事です。
 講演会は図書館職員向けの研修会ですが、本に興味のある方ならどなたでも参加いただけます。「本」のこれからについて一緒に考えてみませんか?

日 時:平成29年11月5日(日)13:00~14:30

場 所:函館市中央図書館 大研修室

テーマ:「書評という仕事」

講 師:鷲田小彌太氏

その他:定員50名、参加無料、申込み不要、当日直接会場にお越しください。

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