はっさく1号の・・・
あんなことこんなことロシア 第7回
初めての日本語教師 その2
ローマ君のパソコン(後編)
そして、その次の回。
ローマ君はまず、チョコがどんなに美味しかったかを話してくれた。
「あんな味は、ウィーンのチョコだけなんだと思うな。ここでも美味しいチョコは買えるけど、ああいう味はウィーンのチョコにしかないと思う。」とうっとり。
それを聞きながら、私もうっとり。(・・・・・*^^*;)
そして、次にパソコンについて話した。
「インターネットはできた?」
「できない・・。カードは持ってるんだけど、ここの説明を読んだだけじゃなんだかよく解らないんだ。」
「ふーん・・。なんでだろ。このとおりすればできるはずなのに。私もふつうのカードを使ってやってるよ。」
「うぅ〜ん・・でもなんか・・できないんだ。パソコンが変なのかもしれない。」
「パパにみてもらった?」
「パパもママもパソコンのことなんて何も知らないわよ〜〜!」
となりの部屋からイーラが叫んできた。
このことをコンピュータに詳しいという友人に話すと授業のときに一緒にローマの家に来てパソコンを見てくれることになり、そして二人で見ていろいろ操作してみた。
のだけれど。「おかしい・・」の一言に尽きた。
まず立ち上げた瞬間の画面からして、セーフモードの様。
調べてみるとセーフモードにはなっていない。
ゲームをいくつかしてみても、正常には動かない。
どうやらネット回線がどうのとかいう問題ではなさそうだ。
「このパソコンの保証書は?」不意に友人が訊ねた。
「ない。貰ってない。」
「そんな馬鹿な!」
「買った時からそんなの無かったよ。」
まさかと思い箱やまわりを捜したけれど入っていたのは広告ばかり。
「・・どこで買ったんです?このパソコン」
「ちゃんとした店で買ったわよ。」とイーラ。
「ちゃんとお店で買って、店員もこれは最新モデルのいいやつだって言ってたのよ。」
「店員は皆そう言いますよ。」
「・・・・・・・・!!」
なんとなく嫌な予感はしていた。
まさか保証書もないパソコンなんて。
とりあえずその日はそれ以上何もできず、帰り道でのこと。
「あのパソコン、本当にちゃんとしたお店で買ったのかな・・。」と私。
「イーラはそう言ってたけど保証書もないしどう見てもおかしい。ルィナック(市場)で買ったんじゃなければいいが・・。」
話しながらもう居たたまれない気持ちだった。
イーラやパパがどんな気持ちで高いパソコンをローマに買ってあげたのか。
それを使ってインターネットで世界と通じたりもっともっと勉強することをローマがどれだけ楽しみにしていたことか。
新年のプレゼントにモデムを買って貰って、やっと繋げられると喜んでいたのに。
そして、パソコン自体がおかしいのだと知ったときのあのローマ君のうな垂れ様。
胸が締め付けられる様な感覚が走った。ひどい。
結局パソコンは直らなかった。というか私たちにはどうしようもなかった。
「ローマ、ごめん。やっぱりこれはパソコン自体に問題がある様に思うんだけど、私たちでは直せない。他に知り合いの人いる?」
「うう〜ん・・・どうしよう・・」困り果てた。
一緒に行った友人はロシア人で、彼とわたしは当時恋人同士だった。
ローマ君とイーラと4人でお茶を飲みケーキを食べ、ローマ君は私たちに踊りを見せたり早口歌を歌ってくれたりした。ほんとうに多才な子供なのだ。
でもこの後まもなく、わたしたちは別れることになる。
いろいろな事情があり葛藤があり、話し合って普通の友人どうしに戻ることになった。
彼のことは愛していた。わたしにとっては、辛い失恋だった。
「もうローマのところにも一緒に行けない。あのパソコンは僕にもどうにもできない。そこまでプロってわけじゃないし。・・誰か別の人に見て貰えないかな。」
「・・そうだね。わかった。」
「今度パパの知り合いの人が見に来てくれることになったんだ。」
数日後にローマ君が言った。
「本当?!良かった!これで直して貰えるかもね。」
それは既に私の帰国が迫っていた頃。
私はその結果がどうなったか知らないままに帰国する。
「直ったらメール送ってね。私も送るから。」
「うん!」
だけどローマ君からのメールはこなかった。
前もって教えられたアドレスに私も何度か送ったけれど、あて先不明で戻ってきてしまう。
やっぱり無理だったのだろうかと、悲しい気持ちになる。
どうして?
騙すならお金が有り余って使い道に困っている様な人たちだけでいいじゃない。どうしてこんな人たちを?
こんなことを心で叫ばずにはいられない心境になった。
こんなことはロシアではごくごく日常的に起きているのだろうけれど。
ローマ君の家は普通の家庭だった。
特別貧しいというほどではないが、けして裕福ではなかった。
ただ、勉強熱心で才能に溢れるローマ君のためにパパとママはがんばって働き、それに生きがいを感じすべての希望を彼に託している様だった。
「もう希望はたったひとつ、この子だけ・・!!この子にやる気があるうちはなんでもやらせてやりたいのよ。あとは身体も鍛えなきゃね。空手やりたいんでしょ?ローマ。」
「うんっ!」
「お前はもっと食べなきゃな。少ししか食べないんですよこいつ。」とパパ。
パパはそれまでの仕事のほかに、夕方からガードマンの仕事も新しく始めたし、自分の着るものは汚くても何でもいいからローマ君にはちゃんとしたものを着せてやりたいししたい勉強をさせてやりたい、と頑張っていた。
ママのイーラはかなりはっきりした女性で、自分やローマ君の事を話し出すと止まらない。そして、間違ったことが大嫌いなのだという。
ある日行くと部屋でイーラが寝ているので
「あれ?今日は仕事休みなんですか?」と訊くと、
「もうこれからず〜っと休み!辞めたのよ。」と彼女。
「えっずっと勤めてたのにどうして?」
「嫌な不良連中が来る様になったのさ。しかも店の連中が私に嘘をついたんだ。私は間違ったことは大嫌いだからね。そりゃこの国は間違った事ばっかり勧めるし、正しい事をしようとする人間は頭がおかしいとすら思われるくらいだけどもさ。私は許せないの。ただ気に入らないの!だから辞めてやった。しばらくゆっくりするわ。」
「そうだったんですか・・・。」
イーラの言うことは、私が常々感じていたことそのままでもあった。
だけど、イーラみたいにそれをはっきり指摘する人にはなかなか出会ったことはない。
大学や学校の先生の中には、そういう人も結構いるのだけれど。
「せめてこの子にだけはぐれて欲しくないよ。私らの希望だからね!」
こんなとき、ローマは大抵だまっておとなしく聞いていた。
なんだか読み取りにくい表情ではあるけれど、強い意志をもち両親の強く優しい愛情に包まれて育っている彼なら大丈夫だと、甘いかもしれないけれど心からそう思う。
問題は両親の愛情に飢え、それどころか虐待を受け家に帰れずにさまよう子供たち。
特別貧しいという感じではない一見普通の子供たちが街で人々にたかりねだったりマクドナルドで食べ残しを狙い待ち続ける光景が多々ある。(これには自分も遭い苦い思いをしたのだけれど。)
帰る家がないというよりは、家に帰ることができないのだという。
これほど悲しく辛いことはないと思う。
いつか、誰もそんな思いを抱えて生きなくていい世界になったら。
そんなことを考えながら、そうだローマ君一家に手紙を書こう。
写真も送ろう。
と思い立ちペンを執った。
はっさくさんがモスクワを離れるときに イーラとローマが贈ってくれたお別れのプレゼント。 それは素敵なロマノフ王朝の本でした。 またいつか必ずローマ君たちと会いたいですね。はっさくさん。 |
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